同情的な
別に殴ったり蹴ったりする必要もなかった。
貧弱な人間など、僅か三歳程度の子供がいきなり飛びつくだけで簡単にバランスを失う。
しかし、あまり派手に転ぶと怪我をするので、セルゲイが体を支える。
密猟者だからといって別に怪我をさせたいわけじゃない。
無駄な揉め事を起こしてほしくないだけだから。
「あ…ありがと……」
しっかりと重心を捉えて無理のない形で支えてくれたことで、まるで重力が失われたかのように綺麗に体がその場に留まった。
その所為か、ついお礼の言葉を口にしてしまう。
「…て、あ……!」
戸惑う若い男に、セルゲイは問う。
「なぜそこまでして昆虫が欲しいのですか? ツアーで得られる昆虫では駄目なのですか?」
すると男は、体から力を抜いて、その場に座り込んでしまった。
俯いて、
「…駄目だよ……! あんな、簡単に捕まえられるようなの…! しょっちゅう人間が来るから小さいのしかいない。
僕はもっと大きいのが要るんだ……!」
搾り出すように言った。そんな彼に、セルゲイは再び問う。
「それは、なぜ……?」
「……弟が…入院してるんだ…心臓の病気で、大人になるまでは生きられないって言われてる……
助かるには移植するしかないけど、ドナーが見付からないんだ……
でも、僕が簡単には見付からないようなすごいコーカサスオオカブトを捕まえれば、きっと弟に適合するドナーも見付かるって思って……」
若い男は俯いたまま、指を不規則に動かしながら語った。
それを、セルゲイと悠里は黙って聞く。
「……」
悠里は何も言わなかったけれど、その目には同情的な光が宿っていた。
なのに、セルゲイは、
「そうか……でも、嘘はいけないね。その話が本当なら同情もするかもしれないけど、嘘でルールを曲げることには協力できない」
淡々とそう言ってのけた。
「…!? な……っ!?」
若い男は顔を上げてセルゲイを睨みつける。けれど、当然、そんなことでは動じない。
「何で嘘だと分かるのかって? 君の体からは嘘を吐いてる人間の臭いがぷんぷんしてくるからだよ。そして仕草もそう。その話をしていた時の君の指はせわしなく動いてた。焦って必死で頭を働かそうとしてる人間に見られる仕草の一つだ。
作り話を組み立てながら話すから、ついついそうなったんだね」
「……っ! 嘘じゃない…! なんだよお前! 証拠もないクセに……っ!!」
若い男は抗議するが、無駄だった。
「君の話が本当なら、僕が研究者として申請して、立派なコーカサスオオカブトを見付けて君の弟くんが入院しているという病院に届けてあげてもいい。僕なら今夜中に見付けてあげられるよ」
セルゲイはあくまで落ち着いた口調でそう言ったのだった。
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