違和感

「とにかくついてきてもらますか? でなければ私は、地元警察に遭難者がいると通報しなければいけなくなります。さすがに見て見ぬふりをする訳にもいきませんので」


落ち着いた口調で淡々と述べるセルゲイに対し、若い男は視線を泳がせ体は落ち着きなく揺れていた。


「あなたは日本人ですね? 大学生でしょうか?」


「あ…いや……」


とにかく情報を出さないようにと必死になっているのだろうか。若い男はひたすら言い淀む。


セルゲイは最初に日本語で話し掛けたのだが、それに戸惑うこともなく日本語で応えた時点で、日本人かどうかはともかく日常的に日本語を使って生活している環境に育ったことは間違いないだろう。ネイティブでない人間は、聞き取った言葉を自身に最も馴染んだ言語に変換して理解した上で、それをまた変換して話すので、受け答えに僅かなタイムラグを生じる。


完全にその言語で普段から思考していられるくらいになればそうでもないだろうけれど。


とは言え、セルゲイにとってはその男が何者かはさほど問題じゃない。とにかく密猟を辞めさせられればそれでいいのだから。


「じゃあ、ついてきてください」


セルゲイはゆっくりとツアー客らがいる方向へと歩き出した。男は渋々それについていく。


しばらく歩くと、男は奇妙な違和感に気が付いた。


『こいつ……ライトも何も持ってないのに、なんでこんなにスムーズに歩けるんだ……?』


そう。セルゲイは闇を照らすための照明の類は一切持っていなかった。まあ、必要ないから当然ではある。


それに対して、セルゲイは、


「私は生物学者で、ここにはもう既に数十回来ています。スムーズに研究を進めるために地形そのものも頭に入ってますので、月明かり程度の光があればライトがなくても普通に歩けるんです」


「!?」


訊かれてもいないのに、まるで思考を読んだかのように応える見知らぬ白人男性に、男は得体のしれなさを感じてしまった。


なお、悠里ユーリは気配を消したまま男の後を歩く。セルゲイがいれば必要なかったものの、見張りも兼ねて。


もちろんセルゲイは悠里がちゃんとついてきていることを気配で察している。


そして悠里は、男が逃げ出さないように見張っていた。


と、ツアー客らのそれらしい灯りが近付いてくる。声も悠里には最初から聞こえていたものの、人間の耳にも聞こえ始めた時、男の体に力が入るのが見て取れた。


「!?」


瞬間、男の体が弾かれるように動く。


が、吸血鬼とダンピールから普通の人間が逃げ切れるはずもない。


「がっ…!?」


ほんの一メートルも動かないうちに、悠里に背中に飛びつかれてバランスを崩し、前のめりに倒れたのだった。


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