ショッピング

「今日は、プンチャックに行こうと思う」


家族の団欒も一息ついたところで、セルゲイが悠里ユーリに言った。


昆虫採集ツアーなどでも知られる場所だった。当然、それを目的に集まる外国人も多いが、セルゲイの目的は<採集>ではなく<観察>なので、ツアーに参加するわけじゃない。


今回もまたレンタカーを借りるけれど、昨日と違って昆虫採集ツアー参加者らが利用する駐車スペースに置き、帰りもそれに乗ってくる予定だった。


もっとも、本当は、吸血鬼の身体能力があれば自力で行った方がおそらく早い。


なにしろそこに向かう道路はほぼほぼ常に渋滞していて、たっぷり三時間はかかるそうだから。ちなみに渋滞がなければ二時間と掛からないらしい。


しかしこれもまた<経験>。人間社会ではそういうものだというのを学ぶのも目的だ。


そんな訳で、夕暮れに包まれ始めた頃、セルゲイと悠里はホテルを出ていった。


「いってらっしゃい」


二人を見送ったミハエルと安和アンナは、今日はショッピングに向かう。


とは言え、精々十歳から十一歳くらいにしか見えないミハエルと三歳くらいにしか見えない安和の二人だけでとなるといろいろ問題なので、基本的には気配を消していく。


必要な時だけ周囲にいる人間のすぐ傍に立って<連れ>のふりをするという算段だ。これも、ミハエルにとっては慣れたものである。


こうして実地に、吸血鬼(安和はダンピールだが)として人間社会での過ごし方を学んでいくということだ。


「いかにもなショッピングモールもいいけど、今日は地元の雰囲気が満ちてるところに行ってみよう」


「うん…!」


セルゲイと一緒でないのは残念なものの、安和はもちろん父親のミハエルのことも大好きなので、彼と一緒に出掛けるのは別に不満もなかった。


が、子供だけでタクシーなど乗せてくれるはずもないし、もし乗せてくれるとしたらそれはむしろ用心した方がいいだろう。タクシードライバーから誘拐犯へと早変わりし、闇マーケットに売られてしまう可能性も決して低くない。


ちなみに、身代金目当ての誘拐は、被害者の関係者に接触を図らないといけないため、それだけ警察などに情報を与えることになりリスクが高いので、むしろ少ない。そんなことをするよりは闇マーケットに流してしまった方が確実に金になると、誘拐を生業としている連中はよく知っていた。


となれば、吸血鬼の身体能力を活かし、気配を消した状態で徒歩による移動が最も確実で安全だ。


ミハエルが手を差し出すと、安和も心得たものでスッと抱き上げられ、


「じゃ、いくよ」


「は~い♡」


やり取りをするのと同時に、ミハエルが、トン、と地面を蹴って、安和を抱きかかえたまま羽のように宙に舞いあがったのだった。


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