絵画

人間よりタフで我慢強く、かつ長命で時間の余裕がある吸血鬼やダンピールは、実はこの種の忍耐を求められる、かつ長時間じっくりと活動しなければいけない研究などについては適性があるといえるのかもしれない。


しかも、夜行性の生き物も多いので、人間のように照明や赤外線暗視装置のような機材を用いなくても視界が確保できるという点でも有利だろう。


加えて気配も消せるので、接近も容易い。


もっとも、その辺りは野生の生き物の方が人間よりも鋭敏なことも多いので、常に確実に接近できるわけではないけれど。


「こんな街の近くでも見られるんだね」


セルゲイにしか聞こえない小さな声で呟くように言った悠里ユーリに、セルゲイは穏やかに微笑みながら、


「そうだね。<生き物>はどこにだっている。僕はその場で見付けた生き物の生態を確かめる形で研究してるから、それこそ街中だってできるんだ。もちろん、特定のしゅの調査を目的にしてる時にはそれが生息している場所まで赴くこともあるけど」


と応えた。


セルゲイの言うとおりだった。彼は名声を得ることを目的に研究しているわけではないので、耳目を集めるような生き物に拘る必要がない。それこそ身近にいる害虫を研究対象にする事だってある。


ただ今回は、悠里に見せてあげたくてというのもあって、こういう形での調査になったというのもあった。


するとセルゲイはバックパックからスケッチブックを取り出し、寝ているオオルリオビアゲハをスケッチし始めた。映像による記録もいいけれど、セルゲイはこうしてスケッチするのが主だった。


そんなセルゲイに倣い、悠里も自分のスケッチブックでスケッチを始める。


「スケッチするためにはよく見ないといけない。僕はこれが必要だと思ってるんだ。よく見て、感じて、その生き物を理解する。生物学の醍醐味の一つだよ」


スケッチしながら囁くように語るセルゲイの言葉を耳にしながらも、悠里は夢中で蝶の姿を写し取った。


とは言え、さすがにまだ十三歳と若いこともあってか、その絵は若干、拙いところもある。まあそれでも年齢を思えば十分に巧みな絵だったけれども。


しかしセルゲイのそれに比べれば、やはり<子供の絵>だとも言えるだろうか。


何しろセルゲイが写し取った蝶の姿は、ただ写実的なだけでなく、それこそ今にも羽ばたいて飛んでいきそうなほど生き生きとしたものだったのだから。


明らかに美術的な才能も高いと思わせる<絵画>だった。


『さすがに巧いなぁ……!』


声には出さず悠里が感嘆する。そういう面でも、セルゲイのことを尊敬していたのだった。


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