吸血衝動

悠里ユーリ安和アンナは、学校はおろか、保育園にも通わせていない。


ずっと家で、ミハエルが付きっきりで相手をしていた。外出は、夜、気配を消すことができるようになってからミハエルと一緒に出掛けた。


そうして人間の世界のことを、じっくりと、丁寧に、教えていく。


決して怒鳴ったりせずに。


その一方で、ダンピールなので、当然、<吸血衝動>もある。


実は、吸血鬼もダンピールも、赤ん坊の頃はそれがない。なにしろ<母乳>自体が母親の血液が変化したものだからだ。血液を材料にして母乳が作られる際に赤血球が除去されるので赤くはないものの、母乳を飲むということは、ある意味、母親の血液を飲んでいるとも言えるかもしれない。


無論、赤血球が含まれないということは完全な血液ではないけれど。


それでも、確実に吸血衝動を抑える効果はある。そのため、吸血鬼は、子供本人が飲みたがらなくなるまで、または母親の母乳が自然と止まるまで、母乳を与え続けるのが本来だった。


椿つばきが生まれたこともあって母乳が出続けたので、悠里も安和も四歳くらいまではもらうことができた。


が、さすがにその頃には母乳自体が止まってしまい、それ以降は、直接、アオから血液をもらっている。


これは、吸血について学ぶ大事なことでもあった。


どの程度までなら吸血できるのかということを知るためにも。


「もちろん、覚悟はできてるよ。ってか、その覚悟もなくミハエルの子を宿したりしないよ」


アオはそう言って進んで自らの血を供した。


「痛くない? ママ」


初めて母親の首筋に牙を立てた時、悠里が心配げにアオに問うた。


けれどアオは、


「ううん、大丈夫。悠里のは優しいね。パパとそっくりだよ」


むしろ嬉しそうにそう応える。


安和は、


「大丈夫? 大丈夫?」


と何度も訊いてくれた。本当に優しい子に育ってくれたと思った。


『理由があれば高圧的に相手に接してもいい』


と教えてこなかったからだと実感する。


これは、人間であり吸血が必要ない椿でも同じだった。


相手を威圧しようとせず、あくまで敬う気持ちを持って接してきたミハエルとアオの姿を、悠里も安和も椿も学び取ってくれた。


アオはミハエルほどは感情のコントロールができていないことからたまに声を荒げてしまうことはあるものの、その後すぐ、未熟な自分を恥じ、謝るようにしている。


安和は、母親の<未熟な部分>に似てしまった面はあるものの、それを正しいことだとは安和自身思っていない。母親自身が、声を荒げてしまうことを正当化しないゆえに。


アオは言う。


「厳しく当たらなきゃ根性なしに育つみたいなことを言ってるのがいるみたいだけど、私は全然、そんな印象ないね。


ってか、厳しいことを言われても平気なんだったら、どうして、仕事や学校で厳しいこと言われたストレスを、ネットとかで他人に悪態吐いたり罵詈雑言ぶつけたりして解消しようとすんの? おかしいでしょ。まるっきり耐えられてないじゃん。


赤の他人をサンドバッグにしてストレス解消しなきゃならないとか、<ストレス耐性>とかいうのはどこ行ったのよ!?


って話だよね」


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