第1話「クリファとの再会」

 長く辛い、旅路だった。

 たった三日。されど三日。

 道中で止まって休憩などもあったが、基本的に狭い空間に居続けるというのは、楽ではなかった。

 まあ、無理言って王都までの案内をしてくれる兵士を含めた俺たち七人を無理やり馬車に詰め込んだのだからしょうがない。


 広さ的には、電車の一車両を四分割したぐらいの大きさの荷台に、俺たち六人は座っていた。

 みんなを連れていきたいと言ったときのあの兵士の苦い顔を思い出すと、今こうして荷台に空席なしというのは想定外だったのだろう。

 三人掛けの椅子が二組で構成された馬車の荷台に座る俺は、そんなことを思いながら馬車に揺られていた。


「ハヤトー! あれはなんだー?」


 椅子の上に膝立ちになって荷台の窓から顔を出すシアンが、外を指差した。

 つられるように視線を移すと、延々と続いていた草原が終わり、街が見え始めた。


「あれが王都か?」


「あれは王都郊外の住宅街ですね。王都自体はあの住宅街の中をさらに進んだところにあります」


 御者として俺たちを馬車で運んでくれている兵士が答えてくれた。

 言われてみると、見える建物は全て年季の入った建物ばかりで、都市というには少し退廃的だった。

 どちらかといえば、裕福ではない人々が集まって暮らしているような場所にも見える。おそらく、間違ってはいないだろうが。

 何はともあれ、長かった旅路もようやく終わる。

 改めて腕を上げて身体を伸ばして深呼吸をする。


「あ、そうだ。シアン、リリナ。ちゃんとあれは使ってるか?」


「おう!」

「もち!」


 シアンとリリナは同じような動きで右腕につけた銀色のブレスレットを俺に見せる。

 これはエストスに作ってもらった簡易変装具だ。クリファを助けたときの偽物の国王が使っていたエストスの変装具を二人用に改良してもらい、魔族としての特徴のみを見せなくするブレスレットを作ってもらったのだ。

 これがあれば二人も安心して王都の中に入れる。

 俺の腰についている鉄製の魔道書ポーチもそうだが、やはりエストスにはかなりお世話になっている。

 本人曰く、「君からもらった借りを返しているだけだ。今度また可愛い少年がいたら教えてくれるだけでいい」らしい。

 まさかの見返りを求める上に前半を台無しにする台詞をいただいたわけだが、実際それぐらいの価値がある仕事をしてもらっているから黙っておこう。


「ここを抜けたら、都市部へ出ます。そこが王都です」


 いつの間にか馬車は住宅街の中を進んでいた。近くで見るとなおさら寂れた雰囲気がひしひしと伝わってくる。

 やはり、貧富の差はどの世界にもあるものなのか。

 それから王都に着くまでは、約二〇分くらいだった。

 あからさまな区別はなかったが、グラデーションがかかっているかのように、街並みが少しずつ豊かになっていくのは分かった。

 そして、俺たちのいる場所は完全に王都と呼ぶにふさわしい、活気溢れる街並みの中だった。


「おー! 人がいっぱいだー!」


 シアンがはしゃぐのも無理はない。

 レンガで組まれたたくさんの家々に、色取り取りの果実を売る出店や、肉屋、魚屋、他にも雑貨店に武器屋や防具屋などなど、ここにいれば必要なものはなんでも手に入ると思うほどに全てが詰まった商店街。

 もちろん、飲食店には楽しそうに食事を楽しむ人や食料を調達しにきた母親など、明るい雰囲気で全てが満ちていた。

 飲食店の前を通ったときに感じた香ばしい肉の匂いにつられてシアンが飛び出しそうになったのを無理やり俺とリリナで抑え、馬車は進んでいく。


「あの城が、クリファ女王を始めとする王族の方々が住む城です」


 そう言って、兵士は視線を上げた。

 下を向いていたわけではなく、単純なその城の高さと大きさ故に、それを見るとなると自然と視線は上がってしまうのだ。

 少しずつ坂になってきていることからも、そもそもの城が高台に建てられており、さらにそれ自体の高さも相まって、もし俺の世界にあったら間違いなく世界遺産に登録されるだろう古風ながらも豪華な王の住む城があった。


「すっげぇ……」


「君の世界には、このような建造物はなかったのかな?」


「多分あるんだろうけど、俺の住んでいる周りにはなかったし、そもそもこの目でそういうものを見たことはないな」


「なるほど。ならば目に焼き付けるといい。かつて、そう、クリファの祖先が王をやっていた世界に名を轟かせる超大国だったスワレアラ国の王城が、そのままあれだ」


 生きた歴史の証人、エストスはそう言った。

 おそらく、エストスが数百年前に起こした革命はこの場所のはずだ。

 もう記録としてしか残っていないその歴史の中を歩いていたエストスは、一体この王都がどのように見えているのだろうか。


「着きましたよ。ここから徒歩となります。ついてきてください」


 城壁に隣接している馬車小屋に入って俺たちを荷台から降りるように誘導すると、兵士は肩掛けカバンのひもの位置を直しながら歩き出した。

 城門の警備兵士に、俺たちの戦闘を歩く案内係の兵士はバッグからおそらくクリファが書いたであろう書類を見せ、中へと歩いていく。

 圧巻だった。

 黄金にも近い黄土色と味のあるこげ茶色のレンガがほどよく混ざって作られた城は、精密に左右対称になっており、俺たちはそのちょうど真ん中を歩いていた。

 輝かしくも厳かさを感じさせるこの城内には適度に整った木々が生えており、その手入れの行き届きだけでも上品さが明確に浮き上がってくる。


「な、なんなのですかこのキラキラピカピカな世界は……! なんだか目がくらくらしてくるなのです……」


「わ、私もなのでございますよお姉ちゃん……」


 ぐるぐると目を回しながらピンクの姉妹が千鳥足で俺の後ろを歩いていた。

 中庭を抜けて城の中に入る。

 赤い海かと思うほどに全てに綺麗に敷かれた豪奢な絨毯の上を歩き、さらに奥へと進んでいく。


「……変わらないね。この城は」


 ぼそっとエストスが呟いた。

 また別の記憶の引き出しが彼女の中で開かれたのだろう。

 俺は黙って先を歩く。

 というよりは、シアンとリリナが何かをやらかさないかと静かに目を光らせなければならない。

 このバカ二人が何か失態を犯してみろ。

 目と鼻の先にあったはずの大金が水泡に帰す未来しかない。

 楽しそうにキョロキョロと城の中を見回しているのでしばらくは問題ないようだが。


「ここです」


 簡潔に兵士は言って足を止めた。

 止まったのは、五メートルもありそうな、開けるのも一苦労な扉。

 まさに玉座の間と言っても差し支えないその扉が、開かれる。

 そして、


「久しぶりじゃな、ハヤトよ」


 ピリッと、ドアノブに触れたら静電気が指を伝ったような刺激を、その声から感じた。

 敵意ではない。悪意でもない。

 それは、純粋な重圧だった。

 これ以上ないほど豪華に金で造られた、目が疲れてしまうほどに装飾が施された椅子に座る少女は、肘掛けに乗せた右腕で頬杖をついてそう言った。


 なんだか、別人みたいに感じるような。

 クリファってこんなやつだったっけか?


 高級な刺繍のように輝く金髪をツーサイドアップでまとめ、前に頭につけていたティアラを王冠に変え、赤を基調に白で装飾した分厚いローブに身を包む、スワレアラ国女王、クリファ=エライン=スワレアラは無表情で再び口を開く。


「此度の旅路、ご苦労であった」


 前に会った時と比べて随分と硬い雰囲気と言葉で語るクリファに違和感を覚えながらも、俺は返事をする。


「おう。久しぶりだな、クリファ」


「は、ハヤト様! 女王にそのような口の利き方は……!」


 前と同じ調子で答えた俺の言葉がかなりヤバかったのか、案内をした兵士が慌てて俺の方へ走ってくるが、


「よい、ルミウロ。お前はもう下がっておれ。妾はハヤトと話がしたいのじゃ」


「は、ははッ!」


 ビッと敬礼をすると、ルミウロと呼ばれたここまでの案内役の兵士は扉へ向かって歩き出す。


「あと、この者たちと話している間は決してこの部屋に誰も入れぬようにすることじゃ。わかったか」


「はい! かしこまりました!」


 浅すぎず深すぎず、完璧な角度で頭を下げると、ルミウロはこの部屋から出て、扉を閉めるように扉の前にいた警備兵に指示を出す。

 そしてゆっくりと扉が閉まっていき、完全に閉まったのを確認すると、


「ぶはぁぁぁあああああああ~~~~!」


 パンパンに膨らませた風船の口を開いたかのような大きなため息が、クリファから溢れた。

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欠陥魔道書と歩く愉快な異世界~バグでステータスがカンストしたので好きに生きる~ さとね @satone

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