第18話「王女と勇者」

 時は少しだけ遡り、ハヤトとエストス、クリファとエリオルがそれぞれ別れてからの場面へと移る。


 少し遠くで、何かが爆発するような、瓦礫が崩れるような音が聞こえた。

 音の方へとわずかに視線を移しながらも、布を上から被って顔を見えないようにした少女と青を基調とした装備に身を包んだ少年は城塞の中心へと走っていた。


「あの二人、本当に大胆にやっておるのぉ」


 思わず呟いてしまったのはスワレアラ国第一王女、クリファ=エライン=スワレアラだ。


「ふん。腹は立つが、僕を中心へと采配したことだけは褒めてやろう」


「なんじゃお主。妾よりも偉そうではないか。男ならもっとドンと構えんか」


「う、うるさいっ! 僕と歳の変わらないお前に言われる筋合いはない!」


 ぷっちーん、とクリファが上から被る布の中から何か切れるような音がした。


「……ほう。貴様、歳はいくつじゃ」


「……十二歳だ」


 ぶはっ! とクリファは王女のような気品を一切感じさせないほど吹き出した。


「十二⁉︎ 十二歳とな⁉︎ 妾はもう十四であるのに、貴様はまだ十二歳だと!」


「な……ッ‼︎ ば、馬鹿にするなよ! その気になれば僕はお前の歳なんていつだって抜かせるんだからな!」


「ぶっはははは‼︎ 何を言っておる! 貴様が歳を取る時には妾も一つ歳を重ねるのじゃ! そんな事実も分からなくなったのか! 滑稽じゃ滑稽じゃ!」


 ぶははははー! と走りながらも腹を抱えてケラケラと笑うクリファの煽り性能に噴火寸前のエリオルだったが、これ以上この話題を進めてもダメだと判断したのか、諦めたようにため息を吐いた。


「それより、目的の場所はどこなんだ。この城壁の中は建物が多くてよく分からない!」


「安心するがよい。すぐ目の前に見える建物が父上がいる建物じゃ」


 エリオルは五〇メートルほど前方に見える建物を見上げた。この距離から見上げて建物全体が見えるので、高くても六階ぐらいなのかな、と勝手に見当をつける。


「ここから先はハヤトたちがどれだけ陽動として動いたとしても、ある程度の護衛は必ず周囲や建物にいるはずじゃ。あまり騒ぐのではないぞ」


「僕が一撃お見舞いして突破でもいいんじゃないか? あの兵士たち、そこまで強そうには見えないけど」


「馬鹿者。妾に戦闘能力がないのに馬鹿正直に喧嘩を売ってどうするのじゃ。お前は妾を完璧に守りながら戦えるのか?」


「戦わないのにお前は僕にこんなに食ってかかってきたのか⁉︎ どう考えても守ってくださいの雰囲気ではなかったじゃないか!」


「騒がしいわ! 貴様は黙って妾を守ればいいのじゃ!」


 かなりの暴論を振り回しながらエリオルをポカポカと殴りだす暴君クリファ。自分の拳を痛めるのが嫌なのか、防具を上手く避けて生身に全ての打撃を当ててるあたりがポイントである。


「ス、スワレアラ国の王族は不思議な力が使えるらしいじゃないか! それは使わないのか⁉︎」


 エリオルが言うと、クリファはポカポカと殴る手を止め、視線を落とす。


「歴史書を読む限り、確かに妾たちの祖先は手をかざすだけで全てのものをひれ伏す力を持っていたようじゃ。しかし、妾も父上も、その何世代も前からその力は使えなくなっておるようじゃ。残念ながら、力にはなれん」


 悔しそうに拳を握るクリファを見て、エリオルは少しだけ表情を緩める。


「ふん。まぁ関係のないことだ。勇者である僕に不可能などない」


 エリオルは建物の陰から国王のいる建物を見る。


「扉の前に三人。その周囲にも十人近くいるな。見つからずに入るとしたら、かなり難しいはずだが」


「何を言う。ここまで来たら隠れる必要などない」


「……お、おい。どうして普通に正面から歩くんだ。言ってることとやってることが違うし、そんなことしたら陽動に動いてもらった意味も──」


「頭を回せ十二歳。この場まで見つからないことが重要なのではない。奴らの前に急に現れることが重要なのじゃ」


 追われている身であることも、隠れて移動いる身であることも全て関係ないと、クリファは歩き出す。


「忘れたのか。妾はこの国の王女であるぞ」


 これ以上ないほどに胸を張って、クリファは歩く。

 突然建物の陰から現れた布を被った正体不明の誰かを見て、兵士たちは急いで身構える。

 ピリピリとした敵意を一身に受けたクリファは、被る布を脱ぎ捨て、声を上げる。


「控えろ、無礼者‼︎ この国の兵士ともあろうもの共が、その国の王女へ牙を剥くとは何事かッ‼︎」


 ドッ! という重圧が、精神すら乗り越えてエリオルすらも飲み込んだ。

 まるで体が重くなったかと錯覚するほどの重圧を発しながら、先ほどまで少女だったはずのクリファが王女として堂々と立つ。

 あまりにも突然の出来事に兵士たちは正常な判断力を失い、互いの目を見つめる。

 そんな中、畳み掛けるようにクリファは叫ぶ。


「何をしておるのじゃ! 妾は父上に用がある! さっさとその扉を開けんか!」


「……は、はいッ!」


 戸惑いながらも、言われるままに兵士たちは扉を開けてしまう。

 本来ならば、クリファは追われる側だった。だからこそ、誰かを捕まえるために動いている兵士たちと出くわす訳には行かなかったのだ。

 しかし、ただ守るという仕事のみを与えられた兵士では話が違う。

 仕事中にイレギュラーが発生した場合、判断力が欠如した状態ならば人は自然と指示を待つ。そこに一言、権力者である自分が「扉を開けろ」と言えば忍び込む必要も、強行突破する必要もないのだ。


「ほれ、勇者……だったかの? 早くついてこい、おいて行くぞ」


「あ、あぁ」


 呆気にとられたせいで言われるままにクリファの後ろへと付いたエリオルを見て、兵士たちはさらに戸惑ったようだった。


「お、王女様! この少年は……?」


「付き人じゃ。気にするでない」


「は、はぁ……」


 気の抜けた返事をするしかない兵士。周りも皆同じように互いにひそひそとどんな行動が正解なのかを確かめ合っていた。

 ともかく、国王のいる建物へ入ることには成功した。


「あとは、父上とどれだけ会話を出来るか、じゃな……」


 ほんの少し不安そうにしながらも、クリファは階段を上がり、ついに国王まで扉一つというところまで来た。


「覚悟はよいか。行くぞ」


「あぁ。勇者である僕に不可能はない」


 そして、扉は開かれて──



「来たか。クリファよ」



 小さな声が、なぜか妙に耳に刺さった。

 豪華絢爛な、それこそ普段王族が住んでいてもおかしくないような真紅の絨毯や傷一つない壁や派手な装飾たち。

 部屋の大きさも相当なもので、この部屋の中に一つ家が入るのではないかと思うほどだ。

 しかし、そんな部屋の一番奥に座っている一人の声が、貫くように届いたのだ。


 クリファは唾を飲み込んだ。

 部屋には護衛の兵が何人もいるはずなのに、クリファの視界にはたった一人しか映らない。


「はい。失礼します、父上」


 言って、クリファは静かに進んでいく。

 迷いのないその歩みに、兵士たちが間へ入ろうとするが、その動きを感じた国王は豪奢な椅子に座ったまま、片手を上げる。


「いい。クリファには手を出すな」


「はッ‼︎」


 キビキビとした動きで元の配置へ戻っていく兵士たち。その中を平然とクリファは歩き、王の前に立つ。


「妾の言いたい事は、もうお分かりでしょう?」


「……分からんな」


 最後の希望が潰えたと、クリファは拳を握りしめた。しかしそれでも声を荒らげず、クリファは続ける。


「奴隷商と裏で繋がっていたということは、知らないとおっしゃるのですね?」


「証拠でもあるのか?」


「……昨日妾たちがこの町に着いた時、後ろについていた商人たちの馬車には、一体何が乗っていたのですか?」


「ただの荷物だ。気にしすぎだぞ」


「ただの荷物なら、王都から移動する際にいくらでも馬車を増やせたでしょう。なぜ、この町に入った直後に増えたのでしょうか」


「……、」


 この沈黙を回答だと受け取り、クリファは続ける。


「そもそも以前から不審に思っていたのです。なぜ数年前から急に妾たちの周りがこうも豪奢になったのでしょうか?」


 真新しい家具やほころび一つない絨毯などを見回しながら、クリファは言う。


「急に変化の訪れた数年前。その頃から、妾は父上に対して『父上らしくない』という感想を多々抱いておりました。そして、それが昨日、顕著に現れた」


 勇気が足りなくなったのか、クリファは一旦言葉を止め、胸に手を当てる。


 ──どうして私ばっかり辛い思いをしなければいけないなのですか⁉︎


 苦しんでいる民がいた。理不尽に泣く民がいた。責任は、自分にある。

 クリファは、静かに口を開く。


「あなたは本当に我が父上、国王ランドロラン=エライン=スワレアラなのですか?」


 静寂が、その場にいた全員を飲み込んだ。触れたら切れてしまいそうな細い糸をピンと張ったような空気が、兵士たちにすら沈黙を強制する。

 そんな中たった一人だけ、悠々と椅子に腰掛ける国王のみが、表情を一切変えることなく口を開いた。


「言いたいことは、それだけか?」


「……ぇ?」


「言いたいことはそれだけか、と訊いているのだ。娘よ」


「それだけとは……ッ⁉︎ 父上、あなたは一体どういうおつもりなのですか⁉︎」


「簡単なことだ。私は、そんなことは知らない。ただ残念だよ。私が偽物のようにクリファから見えていたとはな」


 あまりにも淡々と話す国王ランドロランに、クリファは戸惑いながらも声を出す。


「そ、そういう訳では……ッ! い、いえ、しかし……!」


 想像の範疇を超えた返答の嵐に発する言葉を迷い続けるクリファを見て、ランドロランはため息を吐く。


「クリファ。どうやらお前はとても取り乱してしまっているようだ」


 ランドロランは座ったまま、静かに手を挙げ、兵士たちの注目を集める。


「我が娘を部屋へ連れていけ。混乱が酷い。多少手荒になっても構わん」


「な──ッ⁉︎」


 一瞬で、兵士たちがクリファを囲んだ。

 少しずつジリジリと近寄ってくる兵士たちの間には隙間はなく、逃げ道など一つもない。

 しかし、その状況を覆せる力を持つ少年が、その場で静かに剣を抜いた。



「【会心の一撃クリティカルヒット】‼︎」



 斬撃と呼ぶにはあまりにも仰々しい、細長い光の塊が、クリファを囲む兵士たちを吹き飛ばした。

 隊列を乱された兵士たちが立ち直そうとする間に、クリファは包囲から逃げ、エリオルの後ろへと下がった。


「おい。この国の王は一体どうなっているんだ⁉︎ 混乱した娘を力づくで部屋へ連れて行くだと⁉︎ ただ都合が悪くなっただけじゃないか!」


「妾も理解が及ばん! 父上はこのようなお人ではなかったはずじゃ!」


「とにかく、話し合いは無駄だってことだけがわかった。敵も多い。一旦退いて二人と合流してからまた──」


「いけないな。とても。とてもいけないことだ」


 声が聞こえたのは、後ろからだった。

 少年と少女は慌てて振り返る。

 先ほどまで椅子に座っていた国王、ランドロランがそこにいた。


「お前たちみたいな混乱した子供たちを育ててしまったのは私の責任だ。この責任は、私がしっかり取ることにしよう」


 ゾワッ! という寒気がクリファとエリオルを襲った。本来チャージ時間が必要であるにも関わらず、発動直後の剣をとにかくエリオルは振り上げる。


「【会心のクリティカ──」


「お前は邪魔だ。少し眠っていなさい」


 とん、という柔らかい音がエリオルの胸から聞こえた。それは単純にランドロランがエリオルの胸にそっと手を当てただけ。

 ただ、それだけのはずだった。


「なん──ッ⁉︎」


 気がついた時には、身体が壁に叩きつけられていた。おそらく触れた瞬間に弾き飛ばされたのだと思ったが、触れた力と威力があまりにも噛み合わない。


「かはっ…………‼︎」


 一気に背中を叩きつけられたせいで、吸い込んでいたはずの空気が全て外へ出てしまっていた。

 呼吸を整えようと息を吸うが、上手く吸えない。


(なんなんだ。一体どんなスキルや魔法で……ッ⁉︎)


 気がついた時には、視界が黒に染まっていた。いや、目の前に何かが現れたと言った方がいいだろうか。


「まさか、僕がさっきの攻撃で作った瓦礫を飛ばし──」


 ドガンッ! という音が、静かに部屋へと響いた。

 部屋に立っているのは、エリオルの一撃を回避した兵士たち(既に半分程度は気を失っている)と、王女と国王のみ。


「少し、お前は誤解をしているようだ」


「…………、」


 動揺や恐怖など、一度に様々な感情が流れ込んで声すら発せないクリファなど関係なしに、ランドロランは続ける。


「クリファよ。お前は私が偽物に見えると言ったな。……実は、それはあながち間違いではないのだよ」


「…………ぇ?」


 かろうじて絞り出した疑問符を確認して、ランドロランは言う。


「お前が私を本当の父親と思えないのも無理はない。なにせ、私はお前の本当の親ではないのだからな」


 事実は、揺れる。

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