1-15 対面、プロデューサー
都内某所、午後三時。
俺たち#にこたまブルームを救いたい連合は、白鳥出版の本社前に集合していた。
「さーて、お前ら意気込みはいいかー?」
ワイシャツにブーツカットの三厨さんが威勢のいい声をかける。
「はいっ!」
「お、さーちゃんも気合入ってるね~」
「みくりんにここまでしてもらったんです、わたしもしっかりしないと」
紗々はネイビーのスーツに身を包み、銀色の髪も後ろで一本に束ねている。
同い年であることも怪しかったが、スーツを違和感なく着こなされると本当に社会人っぽい。いや無職の俺が言えた義理じゃないんだけど。
「次元くんもスーツ似合うじゃん、このまま白鳥出版に面接しに行こっか?」
「イヤですよ……」
白鳥出版にはもう関わりたくない。
ここは降魔が書いたDSを出版していた本社でもあるのだ。
マンガの書けない俺がどの面下げて、入社すると言うんだ。
「でもツギモトさん、本当にスーツ似合いますね。きっと誰もニートだなんて思いませんよ」
「ありがとな、まったく褒められた気はしないけど」
そういう俺もスーツ姿だ。
今日のためにわざわざ一着買ってしまった。
「でも、本当に大丈夫ですか……? 俺と紗々が兄妹なんて。正直めちゃくちゃな設定だと思いますが」
「大丈夫だって、クソには家族関係めっちゃ複雑だって説明してある。キミはさーちゃんパパの再々婚後の奥さんの義理の兄、一ノ瀬和平くんってことになってるから」
「もうそれ兄弟じゃなくて他人ですよね」
「いいのよ。シスコンのヤバイ家族が殴りこんできたって、場にプレッシャーを持たせてくれれば」
「……わたしの実家、ドロドロですね。逆に変な目で見られないでしょうか?」
「細かいこと気にしないの、同僚の家族関係なんて誰も覚えてやしない。おかげさまで架空の親戚を殺せば、仕事は休みたい放題。これができる社会人の正しい休み方よ」
「いや最悪過ぎるでしょ」
なんつーテキトーさだ。
しかしこの胆力があるからこそ、三厨さんはホライゾンでやっていけるのかもしれない。
――先日、俺は三厨さんに記憶喪失であることを打ち明けた。
事故以前の記憶は一切ないこと、DSの続きは書けないこと……そして記憶が蘇る見込みはないこと。
三厨さんは黙って俺の話を聞いてくれた。
だが言葉の節々ににじむ落胆は隠せない。
彼女にとって、俺は夢見降魔でしかない。
尊敬する師であると同時に、弟のように可愛がってきた大切な人。
もう会えないと言われていた人が、また現れたら期待するに決まっている。
心配させてごめんなさい。
でもこれからはマンガを書きます。だからまた手伝ってもらえませんか?
……聞きたかったのはそんな言葉だ。
でも聞かされたのは、夢見降魔の死だ。
記憶の復活が絶望的なのは担当医からも、四次元存在からも告げられている。
「――ちょっと、聞いてるの。ツギモトくん?」
三厨さんが顔を近づけ、聞いて来る
「っと、すいません。ボーっとしてました」
「しっかりしてよね。キミはさーちゃんのお兄さんなんだから」
そう言って俺の頭にぽんと手を乗せる。
数日前、あんなことを告げられたにもかかわらず、三厨さんは変わらぬ態度を取り続けてくれている。
だが、いつかは限界が来る。
距離が近ければ近しいほどにそうだ。
三厨さんはいつまで俺と仲良くしてくれるだろう?
「ツギモトくんは紗々ちゃんに不利が働いたら、出来るだけ感情的になってね」
「机、ひっくり返せばいいですか」
「承認」
「お、意外と寛容」
「見てる私もスッキリしそうだしね」
「二人ともぶっそうな話はやめてください」
悪いことは紗々ママが見逃さない。
うっかりしてるとバブみを感じてしまいそうだ。
「じゃ、そろそろ入ろうか」
「はいっ!」
紗々も両手に拳を作って頷く。
ポーチにはもちろん缶バッジ、ブルームもついている。
いざ、敵地へ。
---
三厨さんの案内で、俺たちは六階の会議室に案内された。
防音ガラスで遮られた小ぢんまりしたスペース。ゴールキーパーのように座すホワイトボードに、向き合って設置された長机。
傍らにはひっそりと観葉植物が置いてあり、機能美という言葉がしっくりと来る。
「……なんか大企業って感じですね」
「会議室はお客さんの目があるからね。現場はもっとボロいよ。ホライゾンの貸しビルなんか床にピンポン玉置くと勝手に転がるし」
「いや、それはヤバイでしょ」
三厨さんが数枚の資料を取り出す。
俺はその数枚を手に取り……表紙を二度見した。
にこたまブルームの功績について
ディレクター 三厨 天使
「みくりや、てんし……?」
「違う」
対面に座る三厨さんは、資料から目を離さずに答える。
「読みは、みかえる」
天使と書いて、みかえる?
「それは……独創的なお読みでいらっしゃいますね」
「もーハッキリ言えばいいでしょ、似合わないって!」
「いえ、そんなことないですよ」
みくりん、マジ天使。
「親御さんの愛情が感じられて、いいと思います」
「離婚してるけどね」
「あ、すいません」
的確に地雷を踏み抜いてしまった。
ていうか天使って書いてみかえるか……もし兄弟がいたらラファエルとか、ゼウスとかそういう名前になるのだろうか。
「そんなことより二人とも兄妹って設定忘れないでよ、ほら呼び方!」
言われて紗々はこちらを見て、恥ずかしそうに言う。
「……兄さん?」
クソッ、少しおにいちゃん呼びを期待してしまった。
いや、全然悪くないけど。
「ほら、次元くんは?」
「え、え~と、なんだ我が妹よ……」
二人が冷たい視線が向けてくる。
「自分の妹をそんな風に呼ぶ兄はいません」
「……仕方ないだろ、妹なんていたことないんだから」
「だからってなんですか我が、って。魔王にでもなったつもりですか」
「う、うるせーな」
「ほらほら! 冗談はこれくらいにして……軽く打ち合わせ、しておこうか」
向かいに腰掛ける三厨さんが真面目な顔で言う。
そう、三厨さんは向かい側だ。
一応、構図としては不満を持つ一ノ瀬兄妹VSホライゾンの幹部となっている。
「基本は私が話を進める、でも今日の今日で復帰の確約は取れないと思う。とりあえずさーちゃんの復帰できる条件を引き出すこと、それだけは覚えておいて?」
「わかりました」
「それと天下りの話は突いちゃダメ。私も知らないはずの情報だし、来る予定のコは養成所にも通ってた。抜擢されたと言われればそれまでだからね」
俺と紗々が頷くと同時、ドアをノックする音が聞こえた。
――来た!
俺たちは一斉に立ち上がり、無言で視線を交わす。
「どうぞ」
三厨さんが言うと同時、扉が開いた。
入ってきた男は百八十センチほどの体育会系、顔はやや骨張っていて少し日に焼けている。なにかスポーツをしているのかもしれない。
プロデューサーという役職にしては若い、おそらく三厨さんより少し上というところだろう。
彼は挨拶もなく俺たちを一瞥した後、机の脇にバッグを置き、流れるような動きで背広をハンガーにかける。
三厨さんは首をかしげて苦笑する。
――無愛想なヤツでごめんね、と目が言っていた。
横目に紗々を見ると小刻みに震えている。……頑張れ。
「プロデューサー、今日は外部の方がお越しです。一ノ瀬さんのお兄さんです」
俺はプロデューサーの前に一歩出る。
「どうも、妹がいつもお世話になっています」
「こちらこそお世話になってます、小清水です」
差しだされた名刺を受け取る。
――プロデューサー
「この度はご家族の方にもご心配をかけることとなり、申し訳ございません。深くお詫びさせていただきます」
小清水が頭を下げるのに倣い、三厨さんも頭を下げる。
歳上の相手に頭を下げられ、俺は内心たじろぐ。
だが怯むな。
今日の俺はシスコンの兄だ、机をひっくり返す意気で、好き勝手やらせてもらう。
「いえ、お詫びはして頂かなくて結構です。ただ妹からの説明ではいくつか納得できかねることがありましたので、こうしてお尋ねいたしました。いくつかお伺いしてよろしいですか」
「承ります、どうぞ」
小清水の表情はまったく、動かない。
だから俺はあえて強めの一言を場にねじ込む。
「御社内でパワハラが起きてるのは事実ですか?」
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