1-8 敵は誰だ?

「ブルームが消える?」

「ああ。お前の後任が配信でしゃべった瞬間、この世から消えるだろうな」


「そんな……」

 紗々の顔から血の気が失せていく。


「そうさせないためには問題をハッキリとさせたい。紗々の後任を立てるって最初の言いだしたのは誰だ?」


「ホライゾンのプロデューサーです」


 そいつがとりあえずの敵とみて間違いないだろう。


「紗々の代わりを立てて、ホライゾンにはどんなメリットがあるんだ?」



 プロデューサーは事務所運営のトップだ。

 なんの理由もなく演者を変えるはずがない。


 だったらそのメリットに匹敵するを紗々がもたらせると知れば、自ずと解決方法は見えるはずだ。



「メリットはわかりませんが、わたしがイヤになったんだと思います。わたしは陰キャでコミュ障な白なめくじですから」


「ちょっと待った。……たまに言う、その白なめくじってなんなんだ?」


「白い髪のクソザコナメクジ、略して白なめくじです」


「自分で言ってて悲しくならない?」


「実は結構気に入ってます。学校の友達ではない人につけてもらいました」


 それ、ただの悪口だからな。


「話は逸れたけど、陰キャでコミュ障な白なめくじだったらなにが悪いんだ?」


「みんなと仲良くできません」


「それで?」


「不穏分子は淘汰されます。……以上です」


 なるほど。

 さっぱりわからん。


 というか事務所で孤立したとしても、活動が順調なら降ろす理由にはならない。



「あいつらが悪いんだよっ、いつまでも辞めたヤツの肩ばっか持っちゃってさ!」


「こら、ブルーム。そんなこと言わないで」


 いつのまにか紗々と分離したブルームが、寝そべりながら言う。


「ブルームには心当たりがあるのか?」


「周りのザコが良く言ってるんだよ、ホムラが引退したのはボクたちのせいだってね。だったらなんだって言うのさ」


「ホムラ?」

「うん。ボクに数字を抜かれて、対抗心から迷走し始めた憐れなヤツだよ」



 ブルームが言うにはこうだ。

 紗々がデビューして三ヶ月ほど経った頃、一人のブイチューバーが引退した。


 夕日丘ゆうひがおかホムラ。

 ホライゾン立ち上げと同時にデビューした一期生。


 同時にデビューした一期生の中で最も早くブレイクし、ホライゾンという事務所を世間に知らしめたブイチューバーだ。


 一期生は演者同士もリアルで遊びに行ったりと仲が良く、ホムラはいつも自然と中心になる人物でプロデューサーからの信頼も厚かったらしい。


 だが二期生であるブルームがデビューし、瞬く間にチャンネル登録数を抜かれてから……様子がおかしくなった。


 ホムラはお嬢様スタイルの、清楚系ブイチューバーだ。


 だがブルームの人気が爆発すると、それにあやかってホムラも大声を上げたり、下品な冗談を言うようになった。


 だがこれまでのキャラクターとかけ離れた言動に既存のファンからは非難が噴出、ホムラは謝罪配信に追い込まれる。しかしその中でさらに炎上の火種となる発言をしてしまう。



「ああいう下品な売り方は、わたくしもあまり好きじゃありませんの」


 じゃあなぜ真似したんだ!?

 同じハコの仲間になんてこと言うんだ!

 人の悪口を言うような人だと思わなかった!



 ファンから一気に手のひらを返され、その後の配信もコメント欄はアンチの罵倒で見れたものではなくなり、活動停止と復活を繰り返したのちに精神を消耗してしまい引退を発表。


 ブルームに抜かれたとはいえ、ホライゾンでは二番手人気のライバーだ。


 周りはなんとか慰留を試みるたが首を縦に振ることはなく、最後は逃げるように事務所を去っていったらしい。


「中の人は演者たちにとても好かれていたんだ。でもボクが来てからおかしくなった、ボクさえ現れなければって、みんな悪口ばかり言うんだ」


「……なるほど」

 周りのやっかみ、か。


「紗々はホムラの演者とはどうだったんだ?」


「どう、と言いますと」


「険悪だったとか、嫌がらせをされたとか」


「親切にしていただきましたよ。……最後の方はあまりお話してもらえませんでしたけど」


「するとホムラが周りをけしかけた、ってことはないか……」


「いや、どうだろうねぇ」

 ブルームが腕組みをしながら難しい顔をする。


「女性の嫉妬を甘く見ないほうがいいぜ、カズ。涼しい顔をして裏では……みたいなことザラだかんね」



 そう言われると自信がない。


 そもそも俺はホムラも知らなければ、ホライゾンの演者、事務所内部の温度感はわからない。こればかりは実際に見てみないとどうしようもない。


「わたし、みんなに好かれる人じゃないんです」

 紗々がぽつりと零す。


「学校でもそうでした。いつも腫れ物みたいに扱われて、最初は仲良くしてくれた子も、いつしかひそひそ話をするほうに回っているんです」



 紗々は外見がコンプレックスになっているのかもしれない。


 銀色の髪に、透き通った白い肌。


 それに加えて引っ込み思案な性格。


 自分から話しかけに行くのも、人一倍に勇気を必要とするのだろう。


 でも、それはきっと周りも同じだ。


「……確かに俺も同じ学校だったら、お前とは仲良くできなかったかもな」


「ちょ、ちょっとカズ! なに言ってんのさ!?」


「だってこんな高嶺の花みたいなコみたいに、おいそれと話しかけられないし」


「たかねの、はな?」


 紗々は小首を傾げ、繰り返す。


「俺みたいなヤツとは住む世界が違う。汚してしまう、傷つけてしまうかも。そんなことばかり気にして、結局卒業まで話しかけられない。そんな姿が簡単に想像できるよ」


「わたしはそんな簡単に傷ついたりしません……」


「でも周りは勝手にそう思う、少なくとも男連中はみんなそうだろ。それにこんな綺麗なコに話しかけに行ったら、紗々狙いだと思われて恥ずかしいし」


「わたし、ねらい?」


「そうだよ。お前のことが好きで、お近づきになりたい。そう思われるのが恥ずかしかったんだと思うぞ」


「そ、そんなことありえません。わたしはみんなと違って――」


「特別、綺麗だからな」


「~~~っ、そういうこと言うの禁止ですっ」


 紗々はくるりと背を向ける。


 頭の両脇からはぴょこりと赤い耳がふたつ飛び出している。


 なにこいつ、ちょーかわいい。



 ――さて、閑話休題。



「まあ仮に紗々が事務所内で悪く言われてたとして、それが演者を変える話になるとは思えないな」


「……そうでしょうか」


「そりゃそうだろ。だってブルームは他の演者の数倍、数十倍の数字を出してるんだ。俺がプロデューサーなら紗々を残して陰口叩く全員をクビにする」


「そんなの無理に決まってます」


「ああ、無理だな。だからなだめるしかない、どうしても好きになれないかもしれない、でも上手くやって行こうぜ? って」



 そもそも運営とはそう言うものだ。


 演者が気持ちよく活動をするために彼らは存在してる。


 そうでなければ企業に属する意味もない、個人でやればいいだけの話だ。



「っていうか、紗々にもマネージャーっているんだろ? その人はどうしてるんだ」


「過労で倒れました」


「え」


 マネージャー業務ってそんな大変なのか?

 スケジュール管理とかせいぜいそんなもんだと思ってたけど。


「わたし以外にも五人のコも見てます。それにディレクターも兼ねていて、企画や企業案件の交渉、売り上げの収支も一人でつけてます」


「そりゃ倒れるな」


 なんだそれ。

 ていうかそんなキーパーソンが倒れたら、運営なんてできないだろ。


「いまはもう復帰してる……と、思いますけど」


「思うって、連絡とってないのか?」


「……連絡は、来てると思います」


「うん、どういうことだ?」


 紗々はまた顔を俯け、言いづらそうにしている。


「来なくていいって言われてからスマホ、見てないんです。……なんか、色々イヤになっちゃって」


 紗々が自嘲めいた笑いを浮かべると――ブルームがなにも言わず紗々に腕を回す。



 その腕は生の感触を持たない。

 少し力を籠めれば、紗々の体をすり抜けてしまうだろう。


 でもその熱は紗々に届いているはずだ。



「……スマホ、確認してみないか?」

「ボクもついてるからさっ」


 きっとマネージャーからも連絡は来ているはずだ。


 プロデューサーに不服の申し出をするなら、マネージャーの協力は不可欠だ。


 紗々はわずかに躊躇っていたが、意を決してスマホを開く。



「……たくさん連絡が来てます」


「マネージャーはなんて言ってる? お前のこと、心配してるんじゃないか?」


「はい。納得できない、一緒に説得しようって言ってくれてます」



 よかった。

 どうやら担当マネージャーは親身になってくれているらしい。



「マネージャーと会う約束を立てておいてくれないか」


 俺はそう言って立ち上がり、背筋を伸ばす。



「ツギモトさん、どこか行くんですか?」


「俺は一度帰るよ。明日また同じくらいの時間に来るから、その時に結果を教えてくれ」


「……帰っちゃうんですか?」

 紗々が不安そうに言う。


「さすがにそろそろ眠くてさ、さすがに二日も家を空けておけないし」


 気付けばもう陽も沈む時間だ。

 なんだかんだ昨日から丸一日起きていたことになる。


 一応はあいにぃと二人暮らしだが、ほとんど家に帰って来ない。


 その日暮らしの恋人が捕まらなかった時、気まぐれで帰ってくるくらいだ。



「ブルームは……残っておいてくれるか」

「サー! イエッサー!」


 ブルームが敬礼のポーズを取る。

 そういえばブルームが立体視できる理由については、結局よくわからなかったな。


「じゃ帰る、お疲れ」


「はい、色々とありがとうございました」


 そう言って紗々は穏やかな笑みを浮かべる。



 ……ああ、こいつやっぱりかわいいな。


 ただこの感情が小さな子供に対するかわいいなのか、それ以外なのかはわからなかった。


 なにやらそんな気恥ずかしさから、俺はそそくさとその場を後にした。




――――――――――


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