【外伝:家康の物語】家康が暴くベストセラー作家の秘密

 秀吉やかえる君と会わなくなって約2年が経つ。家康は秀吉の会社を退職した。正確には秀吉の行方が分からなくなり、会社は自然消滅したのだ。元のニート生活に戻っても良かったが、家康は秀吉の会社で培ったネットマーケティングの知識をいかし小さな広告代理店に転職した。

 オナ禁で童貞の家康だったが彼女もできた。絶世の美女とは言いがたいが、笑顔が素敵で快活な素敵な女の子だった。平和な暮らし。食事にも気をつかうようになった。Twitterもやめた。まじめなサラリーマン生活。会社員を社畜とバカにしていた秀吉が今の家康を見たらなんと言うだろう?でも家康は今のささやかな生活に満足していた。

 家康はある種の資質を持っていた。それは、いかがわしく癖のある人物を召喚してしまう能力。アウトローな掃き溜めの犬たち。秀吉、かえる君、覇王、高橋名人。そして今の広告代理店でも、そんな人物に出会ってしまった。


 それが浜田先生だ。


 家康の会社に新たに顧問として招聘されたのだ。浜田先生はビジネス書の作家だった。大型書店のビジネス書の棚には浜田先生の本が5~10冊は並んでいた。

どの本もそれなりに売れており、重版や増刷を重ねていた。家康の会社の社長も浜田先生の著書に感銘を受けて、顧問待遇で会社に招き入れたんだ。

 本を書くだけじゃない。ビジネスの実績もちゃんとあった。経済誌にも登場するカリスマ社長の自叙伝にも浜田先生はしっかり登場していた。


 家康は思った。「すげー。ビジネスのプロがうちの会社にやってきた。いろんなビジネススキルを学べるチャンスだ!!」家康の胸はおどった。家康は秀吉から多くのビジネスエッセンスを学んだ。今回も良い機会になるだろうと家康は思った。


 家康は早速、浜田先生の本を読んでみた。浜田先生の本はビジネス理論やマーケティングのテクニックを語る類のものではなかった。いわゆる自己啓発書だった。もちろん一概に自己啓発書が悪いわけではない。自己啓発書にも良書は存在する。大切なのはコンテンツ自体のクオリティだ。要は中身だ。そう家康は考えていた。


 家康は実際に浜田先生の本を読んでみた。そして思った。「つ、つまんねー!!!なんだ、この一般論は・・・・・・」

 そこには、相田みつおの出来の悪いポエムのような退屈で人を脱力させるようなメッセージであふれていた。


 たまたま?編集者が悪かったのかな?


 浜田先生はおそらく30冊以上は本を出版していた。家康は気を取り直して先生の次の本を手に取った。自身の誤解を払拭するために。家康は思った。「つ、つまんねー!」

 そう。浜田先生の本はどの本もほぼ内容が一緒だったのである。どの本も一定のクオリティで退屈、そしてくだらなかった。


 家康は沈思黙考した。家康は思った。僕の読解力が足りないのだ。秀吉さんやかえる先輩なら、浜田先生のテキストの裏に存在するメッセージを読み解くに違いない。浜田先生は書籍では自らのスキルとノウハウを巧妙に隠しているのだ。能あるタカが爪を隠すように。


 そんなある日。新規プロジェクトに浜田先生も参画することになった。家康は先生の言動に注目していた。期待していた。その類稀なるビジネスセンスで新規プロジェクトを成功に導いてくれることを。

ミーティングは粛々と進み、そして終了した。家康は思った。「あれ?浜田先生、何も良いこと言わなかったなー」

でも誰だって調子が出ない時はある。それからも先生と家康は何度かミーティングの場を共にした。大切なクライアントとの商談に同席をお願いしたときもあった。


「あれ、先生のキレのある発言はいつ出るんだ?」


 でも、先生の「秘密のタカの爪」はついに開示されることはなかった。家康の会社は新種のウイルスによる社会的パンデミックの影響を受け倒産してしまったのだ。広告会社は不況に弱い典型的な業種なのだ。


 浜田先生のビジネスの実力とは何だったのだろう。家康は会社を去った後も、時々そのことについて考えた。でも、家康はようやくその謎が分った。ビジネス書でヒットを生む秘密を。リアルビジネスで実績を作るノウハウも。


 会社が倒産。当時のメンバーとは時々だが連絡を取りあっていた。ある日のことだ。家康は久しぶりに当時、社長秘書を務めていた子と電話で雑談をしていた。話題がたまたま浜田先生の話になった。


「先生って実はあの有名な宗教団体の信者だったんですよ」秘書の子は言った。

「そうか!そうなのかー!」

「だから本だって、その宗教団体の人が買ってたんですよ。組織票ってやつです」

「そうか!そうなのかー!」

「そう。例のビジネスの実績だって、その宗教団体のコネクション、人脈ってだけですよ」

「そうか!そうなのかー!」


 家康はその宗教団体の実名は胸にしまうことに決めた。だがテキストは多義的だ。テキストは自由だ。テキストをどう解釈し読解するかに制約はない。少なくとも家康は実名の宗教団体の名前は出していない。それだけが事実だ。


 家康は青臭い書生論を語るつもりはない。「そうかー!」と納得するだけだ。組織票だろうがコネだろうがベストセラーはベストセラーだし、コネを使おうがビジネスの実績は実績だ。本心からそう家康は思った。

 家康は浜田先生の本そのものや立ち振る舞いから学んだことは何もない。でも先生自体がある種の“ビジネスモデル”だったとしたら、それは秀逸なビジネスモデルだ。


 家康は先生から貴重なことを学んだ。浜田先生は今でも家康の先生だ。でも先生に会うことはないだろう。ネット世界でも浜田先生と邂逅することはないだろう。先生はセンスも悪かった。ブログもアメブロだった。アメブロで毎日同じようなポエムのような美文を書いていたっけ。


 それは秀吉やかえる君が僕の世界から消えてからの物語。家康は秀吉やかえる君と過ごした夏を懐かしく感じた。サウナ室で交わした会話の数々。青臭い言葉だが、それは家康にとっての青春だった。


 はてしない物語。終わらない物語。


【つづく】



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