第9章:秀吉の帰還。国家からの逃走の理由

 秀吉との連絡はつながらない。

覇王が言うように、秀吉は僕を警察に売ったのだろうか?でも何のために?


 8月の太陽は暴力的だ。毎年のような異常気象と猛暑の記録更新。2045年の現在でも地球温暖化に有効な手立てがないのが実情だ。家康はプロジェクトが頓挫したことで、元のツイ廃に戻ったかのようにネット浸りの生活をしている。僕にしたってもともと無職のようなものだ。時々ブログを執筆し、その広告収入でつつましく生活していた。もともとが物欲など無い。とくに困ることもないのだ。


 秀吉が消えて2か月。僕はときどきサウナに通ったり、古いレコードを探したりして暮らしていた。今日のサウナは上野プレジデント。テレビもなく照明が暗い神聖なサウナ室が特徴だ。「プレジデント」という悪趣味な施設名に反し、シックでクラシックな僕好みのサウナ施設。


 プレジデントのサウナ室に入る。そこには秀吉がいた。予想だにしない再会。サウナ室で大声はマナー違反だ。僕は秀吉を静かに問いただす。

「僕をだましたのか?」

「かえるくん、まずはサウナを楽しみましょう。その後に真実を話します」と悪びれた様子は微塵もない。秀吉は無言になった。一連のサウナルーティンを僕たちは終えた。会話は全くなかった。


「せっかく上野にいるんです。プレジデントの次は大統領に行きましょう。もつ焼きでも食べましょう」と秀吉は言った。

アメ横近くのもつ焼きの名店が大統領だ。歩きながら大統領へ向かう。近年の異常気象。東南アジアのようなスコールが僕たちを襲う。台風やスコールが頻発するため、僕たちはいつも傘を持っている。傘をさしながら歩く。

 大統領へ着く。席へ案内される。まだ夕方なのに混雑する店内。既にかなり酔ったサラリーマンがいる。隣のテーブルのサラリーマンは、会社の愚痴をこぼしたり、次の店はスナックにしようかピンサロにしようか議論している。来年からのベーシックインカム導入。彼らサラリーマンはどうなってしまうのだろう、と僕はふと思った。


 僕の脳内格納倉庫の扉が開いていく。脳内ログイン。


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ストレスの99%は

労働にまつわるものだからな

働かなくなれば

みんな穏やかになるよ

5ちゃんもギスギスしなくなる


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やっぱり安心感を得られるのは良いことだな

皆将来が不安だから溜め込むわけで

ブラック企業でも我慢して勤めてしまう

過労死もなくならないし…


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ベーシックインカムとかまだ言ってる奴なんなの?


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イケメンが女を5人かこうだけで42万か

子供が一人ずつ生まれたら11人で77万円!!!

でそれをブサメン高学歴で独身の医者が払うと

面白すぎる国になりそうだ


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全員労働の時代が終わるだけだよ

みんなが働いた方が生産性が上がるという考えが誤り


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日本人限定にできなきゃ子沢山の外人にみんな取られてしまう


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これと引き替えに各種手当てや医療費補助が減らされるんだっけ?


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脳内情報をシャットダウン。


 乾杯もせずに生ビールを秀吉が飲みはじめる。健康ジャンキーの秀吉が高カロリーのビールを飲むのは珍しいことだ。

「僕は誰も警察に売ってなんかいないですよ」と秀吉は言った。確かに検察と国税が脱税容疑で僕を追っているのは事実です。国税は僕の寸前まで迫っています。あるいは税務署の職員が」

 秀吉は僕を見つめる。僕は妙な違和感を感じた。その理由が何なのかは自分にも分からなかった。

「でも、それは濡れ衣なんです。僕は国家を憎んでいます。でも脱税なんてしてません。不当な容疑です。国税と検察は僕の過去の会社売却時のスキームを問題視しているようですが、会計に問題はありません。僕は裏インターネットビジネスの住人です。僕は既に国家を必要としていない。ベーシックインカムも不要です。日本国家が滅びても僕は生きていける。僕は国家から独立した存在なんです。でも検察と国税は来年に迫ったベーシックインカム導入のパフォーマンスとして、大々的に僕たちの業界の人間を不当逮捕しているんです。全国の税務署の職員は一斉に駆り出されているって噂です」


 大々的な脱税検挙キャンペーン?

 高橋名人もそれで消えた?

 なぜ僕になにも教えずに秀吉は消えたのか?


「でも僕は警察に実際に捕まりそうになった」と僕は質問する。

「警察が迫っていることは分かっていました。だから捜査が迫っている情報を僕自身が裏インターネット界のネットワークに流したんです。覇王がその情報をキャッチすることを見越して」

 秀吉は裏街道を歩いてきた人間だが、基本的にフェアな人間だ。その言葉に嘘はないように僕は思った。

「かえるくん、僕は海外へ逃亡することも可能でした。でも危険を承知で東京に戻ってきた。リスクを冒して戻ってきた理由、それはかえる君を救うためなんですよ」と秀吉は言った。


「僕を救う?」

「僕は今でも理想のインターネット世界を夢見ているんです。それはインターネット黎明期に実現を期待されていたものです。かつて・・・・、手塚治虫はセントラルコンピュータが世界を支配し、そのセントラルコンピュータの誤作動で破滅する人類を描きました。リドリースコットは映画ブレードランナーのなかで、酸性雨の降り注ぐ街角で感情を持ってしまう機械の悲劇を描きました。そして、僕たちにやってきた未来は“あちら側”の世界で明るく輝くフロンティアだったはずなんです。21世紀のフロンティア開拓史は幻想に終わりました。インターネットは人間のグロテスクな側面の拡張装置でしかなかった・・・・・・」


 秀吉は続ける。「でも僕は今でも理想のインターネット世界の実現を信じています。その世界は理想的な空間で気持ちのいい人々、相互に信頼しあった人々が快活なコミュニケーションを楽しんでいるんです。僕はその世界の崖のふちに立っているんです。僕は誰かが崖から転がり落ちそうになったら、その人をつかまえる仕事をその世界ではしているんです。理想のインターネット世界の管理人。馬鹿げていますよね?でも僕はかえる君が崖から落ちるのを見落とすことはできないんです。僕たちは友達ですから」と秀吉は言った。


 秀吉は薬物か何かでラリっているんだろうか?

 理想のインターネット世界?

 崖?

 友達?

 「この世で尊いもの。それは愛。そして友情です」と高橋名人が言っていた。


 なぜか僕を強い虚無感が襲う。一瞬の覚醒。深い虚無。僕は少しづつ自分が何者であるか思い出しつつあるのだろうか?

 酔客の喧騒。遠くで銃声が聞こえた。

「僕を追っているのは検察や国税だけじゃないんです。もっと面倒な輩にも大人気なんです」と秀吉は言った。


【つづく】



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