第6章:覇王の警告。捜査当局の介入

「高橋名人と連絡がつかないんですよ」

家康は困ったように僕に言った。


 エロ動画コンテンツを制作するうえでの家康の頼り。それが高橋名人だった。その高橋名人と連絡がつかないという。もう1週間も電話がつながらないらしい。


 この日のサウナは上野オリエンタル3。亜熱帯地方のような浴室。チープなイージーリスニングのBGMとフェイクの安っぽい植物の装飾。このB級テイストが独特のグルーブ感を生み出している。ファッショナブルなサウナ施設が増えるなか、こういったサウナ施設こそ僕は好きなのだ。


 サウナ室の座椅子に座りながら家康は僕に状況を説明する。家康は高橋名人の自宅へも行ってみたという。そこはもぬけの殻だった。熱帯魚の水槽もなければ家財道具も全くない空き部屋。まるで十年は空き部屋のようだったと。

 先日のミーティングでは、家康と共に作品の構想を熱く語っていた高橋名人。高橋名人は僕たちのプロジェクトから逃げ出した?いや、それなら単に気が変わったと言えばいいだけだ。なんの強制力も僕たちは持っていないし、僕たちにしたってエロ動画制作なんて軽い遊びみたいなものだ。高橋名人を非難なんてする筋合いもない。わざわざ逃げ出す必要など皆無だ。何かの犯罪に巻き込まれた?裏のインターネットビジネスに従事するもののなかには危険な人物が多いのも事実だ。「高橋名人は、もしかして既に死んでしまったんじゃないでしょうか。オナ禁を続けてると直感が働くんです」などと家康は根拠もなくつぶやく。


 先日の高橋名人の言葉が頭をかすめる。

「かえるさん、お久しぶりです」

「かえるさんは恐らく覚えていないかもしれません」


 どこで僕は高橋名人と会っていたのか?過去の記憶をたどるが思い出せない。でも妙な懐かしさを感じる。たしかにどこかで僕は高橋名人と会ったことがある。僕のなかの深層意識はそう言っている気がした。高橋名人の失踪と僕の記憶は関係しているのだろうか?


 この日は高橋名人が現れなかったため、サウナ後に家康と別れた。そして1週間。結局、高橋名人の消息は謎のままだった。家康はあきらめたようだ。既に自分1人で監督と男優、それに撮影をやって作品をヒットさせると意気込んでいる。


 家康は叫ぶように言う。「これは単なるエロ動画の撮影じゃないんです。偶然に撮影で出会う女性。エロ動画撮影でなんか一万年経ったって、甘いロマンスになんか結びつかないようなシチュエーションだけど。これこそ本当のロマンスですよ。人生なんて不幸がひりだした糞みたいに僕の童貞人生にふりかかるだけで、何もいいことなんてなかった。女なんてクソです。ロマンスも撮影現場も人生も同じ。大抵は“みじめ”な結末。ただ滅多にない事だけど、逆転することもある」

 ロマンス?笑わせる言葉だ。でも人生にロマンスが無かったら僕たちは何が目的で生きているのか。家康のロマンチズムを僕は眩しく感じた。過去に捨ててしまった感情。


 そして・・・・。


 僕は今でも高橋名人は何のために僕たちに近づいたのかと考えることがある。あるいは、なぜ消えなければならなかったのだろう?僕たちはこの後も高橋名人と会うことは二度となかった。


                 ☆


「かえる先輩、今は素人革命の時代ですよ。AV男優になるのに修行なんて不要です。セクシー男優も、修行から始める時代じゃないんです。小資本で個人がビジネスを起こす。個人が個人にモノや情報を販売する時代。商業誌のプロ漫画家よりコミケ作家の方が収入も社会的な影響力も上なんです。さらに重要なことは・・・僕も童貞を卒業できること。素晴らしいじゃないですか!」

 家康は僕に熱く語りかける。オナ禁主義者で童貞の家康がAV男優とはできの悪い冗談のようだ。そもそも家康に男優がつとまるのだろうか?僕がそう聞くと家康は自信満々に言った。覇王にセックスの秘伝を授かったという。いつの間に覇王と会っていたのだろう?家康は行動力だけは一流だ。


 家康に覇王を言ったという。

「僕が毎日、女の子を幸せにしている秘訣を教えましょう。僕はもう40歳になりますが今でも毎日、新しい子を抱きます。そして帰宅して妻ともセックスします。毎日です。これは男の義務なんです。若い子には興味があっても妻とはセックスレス、そんなんじゃ駄目なんですよ。僕は全ての女性を救済しなければならないのですから。そう、昨日会ったミキ、23歳。職業は・・・」


 また覇王の回想トークが始まるのを察知し、家康は切り出す。

「覇王さんの絶倫の理由を教えてください」

「それは愛の泉。その聖なる水を飲んでいるからです」

「愛の泉?」

「若い女性の愛液です。若い女性の秘部からジワジワとあふれてくる水。愛の泉。若い女性の愛液をペロリペロリと吸い尽くす。なめれば舐めるほど湧き出る神泉。それを一滴も残らず吸い上げるのです。これは神の水なのです。愛液を飲めば私の体に活力が芽生え、永遠の生を授かったような底知れないパワーを得られるんです」


 これが覇王の絶倫の秘密らしい。そして家康はこの秘法を使い撮影にのぞむことを考えているようだ。エロ動画なんて簡単だと高を括る家康。これで童貞卒業だ、と高らかに僕に宣言する。実際のエロ動画制作は情報商材を参考にするという。さすが情報商材マニアの家康らしいやり方だ。

 家康は僕に情報商材で学習した手法を説明する。

「デジタルコンテンツの魅⼒は腐らないこと。在庫を持たないこと。僕の⾃動販売機になってくれるんです。モデル調達はモデル掲示板を利用します。Twitterも使えますね。未成年はタブーです。ですから面会時に身分証明証をログとして撮影します。臨場感を出すために、あえてスマホで手持ち撮影。編集ソフトも今の時代、クラウド系サービスで簡単にできます。エロのエコシステムは巨大です。販売プラットフォームは、FC2コンテンツマーケット、Gcolle、デジポット。このアングラなサイトで毎⽇⼤量のエロ作品が売買され多額のお⾦が流通しているんです!」


 でも僕は家康のシナリオに悲観的だった。アングラな販売サイトには⼤量の作品が毎⽇アップされている。「素⼈のエロ」の世界は、すさまじいプレイヤーの数と流通量を誇るのだ。だから、単に出品しただけで売れるほど⽢い世界ではないはずだ。雲行きのあやしいプロジェクトの進捗。


 だが、僕の懸念など全く不要だったのだ。僕たちはこの現場から逃げ出すことになるのだから。それは覇王からの連絡がきっかけだった。僕の携帯電話が鳴る。覇王からだった。僕たちは警察に追われていたのだ。


【つづく】


※参考文献

「エロ動画業界・潜⼊レポート ~セクシー男優になる方法を教えます~/かえるくん総合研究所」http://www.moneynanpa.jp/entry/2019/01/04/230011


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