ウォータースライダーで大泣きするアイドル。

「あ、あれをやるの……?」


メイが震える声で尋ねると、碧先輩がニヤニヤし始めた。


「どうした?怖い?」

「……怖いわけないでしょ」


強がるメイだったが、明らかに足が震えている。


……そして、碧先輩も、若干目が泳いでいることに、俺は気が付いてしまった。確かこの人、高所恐怖症だったよな。


「ルールは簡単。あの巨大ウォータースライダーから滑り降りて、最後水に飛び込む瞬間、笑顔でダブルピースできた方の勝ち。どう?」

「……そんなの簡単。メイ、普段から、ファンに笑顔を振りまいてるから」

「私も。笑顔がとっても印象的だね。って、よく人に言われる」


先輩、基本的に真顔でしょ……。


と、いうわけで、ウォータースライダーに到着。俺がまず、一番最初に滑り降りて、下で待機。その後二人が続けて挑戦する。という順序なのだが。


正直、俺だってこんなの得意じゃない。え?めちゃくちゃ長くないかこれ。本当に大丈夫なのか?


気が付くと、二人が俺の手を握っていた。


「さ、桜。手が震えてる。怖いの?」


震えてるのはメイの手だろ……。


「そうだな。結構怖いかもしれない」

「野並、そんな良い体してるのに、高いところ怖いんだ」


碧先輩も、声が震えてるし……。やめたほうがいいのでは?


「言っておくけど、水着のヒモはばっちり結んであるから。解けるなんていうありきたりなハプニングは起こらない。残念だったね野並」

「そうですね……」

「冗談言ったんだから、笑って」


そんな緊張ガチガチの顔で言われても、笑えるわけがない。


「桜、これ、死なない?」

「大丈夫だって」

「でも、すごい叫び声が聞こえる……。途中でゾンビが待ち構えてて、噛まれるってことはない?」

「恐怖で頭が変になってないか?」


そんな、夏の納涼イベントごちゃまぜみたいなことは起きない。


ああだこうだ言っているうちに、俺の番が回ってきた。


……二人がなかなか、手を離してくれない。


「野並、私を置いて行くの?」

「うぅぅ……。桜ぁ……」


涙目の碧先輩と……。もうすでに、まぁまぁ泣いているメイ。見張り役のお姉さんが、困ったような表情をしている。


「じゃあ……。先に行ってくるから。二人とも、笑顔でダブルピースするんでしょ?」

「……する」

「……うぇえ」


……大丈夫か?


かなり不安だが、俺は一足先に、行かせてもらうことにした。


「おお!!すごい!!!!」


思わず声が出る。なるほど!これは楽しい!


あれだけ長かったのに、あっという間に終わってしまった。もう一度やりたいくらいだ。


……さて。どっちが先にやってくるかな。


「ゔわああああ!!!!」


なかなかの叫び声と共に降りてきたのは……。碧先輩だった。


普段はかなり物静かな先輩だから、大きい声というのは貴重だ。あぁいやそんなことより、ダブルピースだっけ。


……うん。できてない。自分の体を抱くようにして、飛び込んでいた。


「……ふふっ」

「大丈夫ですか?碧先輩」

「ふ、ふひ。大丈夫」


大丈夫じゃなさそうだな……。


「残念なお知らせですが、ダブルピースも笑顔もできていなかったので、失格です」

「……もう、そんなことどうでもいい。生きるので必死だった」

「そんなに怖かったんですか……」


碧先輩が、震える体を寄せてきたので、軽く肩を抱いてあげた。これくらいは仕方ないだろう……。


「メイ、大丈夫かな……」

「最後、私が降りる前に、行かないでっていいながら、手を握ってきたから……。かなりヤバいと思う」

「……」


心配しながら、待つこと五分。まだ降りてこない。


「先輩すいません。ちょっと様子を見てきます」

「うん……」


長い階段を登って行く。進むにつれて……。何やら、拍手のようなものが聞こえてくるようになった。


「頑張れ!お嬢ちゃん!君なら飛べる!」

「そうだよ!彼氏が待ってるんだろ!?頑張れ!」

「頑張りなさい!あなたならできるわよ!可愛いんだから!泣かないで!」


……めちゃくちゃ応援されてるぞ!?


ついに一番上に辿り着くと、メイが大泣きしながら、見張り役のお姉さんに抱き着いていた。


「おお!彼氏の登場だ!」

「彼氏さ~ん!一緒に滑ってあげて!」


その声に気が付いたメイが、俺の存在に気が付き、すぐに抱き着いてきた。


「うぐっ、うぅ……。ごめん無理……。助けて……」

「いや、無理に滑らなくても」

「だって、負けたくないから……」


負けず嫌いなのはいいが、この状態で、ダブルピーススマイルなんて、無理に決まってる。


「そもそも、二人で降りるのは禁止じゃないのか?」

「いえ、そんなことないですよ?体の小さい方なら、問題無いです。カップルで滑る方も……たくさん、いらっしゃいますから!」


受付のお姉さんが、こちらに向けて親指を立てた。周りから大きな拍手が起こる。


……これはもう、断れない空気になったな。


「……メイ。行こう」

「やだぁ……」


ものすごい力で、メイがしがみついてくる。


……もう強引に行くしかないな。これ以上は、周りのお客さんに迷惑すぎる。


「すいませんみなさん。迷惑をかけてしまって……。もう降りますから」

「気にすんな彼氏!彼女をしっかり守ってやれよ?」

「そうだぞ彼氏!羨ましいなぁちくしょう!」

「そこ変わってほしいぞ彼女!ウホッ!」


……約一名、気になるセリフもあったが、とりあえず滑ろう。


必死で抵抗するメイを抱きしめ、暴れないように抑え込んだ。


「それじゃあいきま~す!さぁ~ん!にぃ~い!いぃ~ち!ど~ん!」


お姉さんに背中を押され、俺たちは滑り始めた。俺は二回目なので、怖さを全く感じない。しかしメイは……。


「ばばっばば!!!!嫌だぁ!しぬぅ!こんなの作ったヤツの気がしれない!ああああ!!!!」


声が枯れるくらいの叫び声を上げ続け……。


「ばぶっ!」


ようやく、ゴールに到着した。


「……」


もはや、魂が抜けた様子のメイを見て、さすがの碧先輩も、心配そうな顔をしている。


「大丈夫か?メイ」

「ば……。ぶ」

「……ごめん。ここまで無理だとは思わなかった」

「び……」


こうして、対決は引き分けに終わり。


とてもじゃないが、泳げるような状況ではなくなってしまった。

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