メイとの時間が心地良い理由。

「メイ。そう言えば家を出る前に、今日は仕事の話は禁止って言ってたよな。だから」

「猫カフェに行ったら全部忘れてた。その件は無し」

「……そうか」


よく考えると、今日のルートは、猫カフェ→レストラン→喫茶店……。


おそらく今後二度と無いくらい、計画性の欠けたスケジュールだと思う。


「じゃあ、話してもらうから」

「……聞いてもいいけどさ。別に面白い話じゃないぞ?」

「面白くなくていい」

「うん……」

「それとも、メイが聞いたらダメな話?仲間外れにしたい?」

「あぁわかったわかった。拗ねるなよ。ただ、一つ約束してくれ。この話は……。二人はお互いに知らないんだ」

「どういうこと?」

「つまり、俺とまりあさんの関係を美々子さんは知らない。逆も然りだ。それを……。メイは、二つとも知ることになる」


メイがオレンジジュースを飲んで、一息ついた。


「だから、二人には知らないフリをしろと?」

「そういうことだ。二人だって、自分の過去を勝手に話されたって知ったら、嫌がるだろうし」

「そうかな」

「そうだろ。メイにだって、知られたくない過去の一つや二つ、あるんじゃないか?」

「……あるかも」


どうやら納得してくれたようだ。


俺はメイに、二人との過去を話した。


まりあさんも、美々子さんも……。俺がきっかけで、今の仕事をしているということ。


メイは、興味深そうに聞いていた。


「そんなことがあったんだ」

「そうなんだよ。俺も聞いた時は、びっくりした」

「メイだけ、何も無い」

「ある方が珍しいんだって」

「実は桜は私の弟だった……。っていう展開は?」

「無いだろうな」


あと、メイがお姉ちゃんって、めちゃくちゃ違和感あるけど、それは言わないでおこうと思います。


「それから……。占い師さんが言うには、桜は三人の年上の女性との関係で悩んでいるらしいけど」

「……そう、だな」

「徳重は演技の練習。相生はマネージャーの件。……性悪女は?」

「小説関係だ。どうやらスランプらしくて」

「ふ~ん」


……嘘は言ってないからな。先輩は、俺のせいで恋愛小説が書けなくなってしまった。というのが、本来の事実だけど。


「あんな女に、そういう悩みがあるとは思ってなかった」

「メイ……。随分嫌ってるみたいだな。碧先輩のことを」

「そりゃあ、アレだけバカにされたら」


確かに、メイの棒読み演技を初めて見た時の笑い方は、酷いなぁと思ったけど……。それにしても、根に持ってるなぁ。


「はい。じゃあもう、こっからは本当に、仕事の話はやめよ」

「え?」

「だって……。ほら。桜、自分の顔見てよ」


メイが鏡を取り出して、こちらに向けた。


……どうだろう。自分では、別にいつもと変わらない表情に見えるが。


「死んだ顔してる。本当に疲れてるんでしょ。メイとは唯一……。なんもないんだから、今日くらい羽を伸ばして?」

「メイ……」


なんて良い子なんだろう……。良い子っていうか、年上なんですけども。


「ありがとう。今日は久々に、昔に戻った気持ちで、遊ぶことにするよ」

「それでいい」

「えっと……。じゃあ、どうしよう。どこか行きたいところはあるか?」

「そればっかり。桜は無いの?」

「う~ん……」


普段、外出なんてほとんどしない。三人と同棲する前は、一日中家に籠って小説を書いていたし……。


そもそも、冷静に考えると、これって……。デート?


いや、何を意識してるんだよ俺。落ち着け。


「桜?」

「あ、あぁいや。その……。ふがいなくて申し訳ないんだけど、やっぱり何も思いつかないかな」

「メイが悪いの?」

「なんでそうなるんだよ」

「メイとだから、遊びたい場所が思いつかないんじゃない?」

「卑屈すぎるだろ……」

「だって。ありえないもん。こうやって外に出てきて、どこにも行きたくないなんて」

「どこにも行きたくないとは行ってないだろ?本当に思いつかないだけで」

「……」


……微妙な空気になってしまった。


確かに、よく考えたら俺、自分からメイを誘ってるんだよな。


それで行きたい場所が無いって、結構雑なことしてると思う。


「メイと、行きたい場所……」


遊園地?違うな……。水族館や動物園も違う。見たい映画も特に無いし。


「……まだ、肩に力が入ってる」

「え?」


メイが立ち上がり、俺の隣に座った。


そして、優しく肩を解してくれる。


「どうしたんだよメイ」

「ず~っと、色々考えてたせいで、素直な頭になってない。……二人でいる時くらい、メイのこと考えてよ」

「……すまん」

「謝らなくていいから。ほら」

「あっ……」


肩の次は二の腕だ。メイの柔らかくて小さな手が、とても心地いい……。


まるで、何かの毒を押し出すかのように、ぎゅうぎゅうと指圧されている。


「気持ちいい?」

「うん……」

「良かった。じゃあ、次はここ」

「……お腹?」

「うん。抵抗しないでね?」

「なっ。おい……」


まるで、こしょぐるかのように、メイが俺のお腹を撫でてくる。


妙な感覚だ。でも、なぜか不思議と落ち着いてくる……。


なぜだろうと考えてみて、気が付いた。


……メイが、俺のことを、好きじゃないからだ。


まりあさん、美々子さん、碧先輩……。この三人と過ごす時間は、ある程度構えているというか、相手が自分のことを好いてくれているんだから、失望させるようなことはできない。そんな気持ちが働いてしまって。


だけどメイは、俺に好意を抱いていない。だから、何も構えず、自然体で接することができる。


例えばこれが、まりあさんだったらどうだろう。お腹を撫でられたあとは、妙に距離が近づいてきて……。みたいな展開になるだろうし。


美々子さんなら、腕に抱き着きながら、ずっと頭を撫でてくるだろうし。


碧先輩は……。どうだろう。あまり考えたくない。


「……桜?」

「……ん?」


メイの声が、どんどん遠くなっていく感覚。


……あれ。俺、寝るのか?


「いいよ。お休み」


メイの手が、俺の目を覆い隠した。


いや、ダメだ。外で、しかも人と二人でいる時に、眠ってしまうなんて、そんな失礼なこと……。


そう思っていたのに、気が付くと俺は、意識を手放していた。

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