メンヘラ巨乳先輩、覚醒。

紆余曲折しながらも、何とか三人、冷えピタを貼り終えた。


そして……。ベッドの中へ。


当然のように、俺はまりあさんと碧先輩に挟まれる形になった。


「私としたことが、大事なことを決めていなかったね」


まりあさんが呟いた。


「なんですか?」

「桜くんが……。どっちを向いて、寝るかっていう話」

「あぁ……」

「もちろん私の方でしょ」


碧先輩が、自信満々でそう言った。負けじとまりあさんも応戦する。


「いいえ。私のぬくもりに包まれて眠る方が、きっと安眠できるわ」

「もうそろそろ飽きたでしょ。美人は三日で飽きるって言うし」

「それを言うなら、何度も学校で顔を見てきた碧ちゃんの方が、飽きられてるんじゃない?」

「……こんなに至近距離なのは、そんなに経験ない」


碧先輩の頬が赤く染まった。


「ふふ。初心だね。でも、そんなんじゃあ桜くんも安心して眠れないよ?」

「そんなことない」

「ね?桜くん。こっち向いて?」

「……そもそもこの状況が、不利だと思う」

「え?」

「先輩。どういう意味ですか?」

「大人の女性相手に、ベッドなんていうゴールで、勝負をするっていいう状況が、私にとって不利すぎるっていう話」

「ふむふむ……。確かに、不平等かもしれないね。私は桜くんの弱点を知り尽くしてるわけだし」


弱点……。またトラウマが蘇りそうだ。


まりあさんが、不敵な笑みを浮かべた。


「じゃあ、いいよ。碧ちゃんの提案に従うことにする」


さすがまりあさん。余裕があるな。何か、例の演技の件で、より魅力が増したように感じる。


「少し、時間をください」


しかし、碧先輩だって、何度も賞を取ったことのあるプロ小説家だ。シチュエーションについては、きっと俺たちの思いつかないようなものを出してくるはず。


……本音を言うと、疲れてるので、さっさと寝たいところなんだけどな。


「……よし」


どうやら何か思いついたらしい。碧先輩が立ち上がった。


「決まった?」

「決まりました。名付けて……。野並の布団対決」

「……えっと?」

「どちらが野並の布団にふさわしいか、決める」

「……すいません碧先輩。意味がさっぱり」

「簡単。二人で交互に、野並の布団をやる。より野並が布団だと思った方が勝ち」


どうしよう。具体的な話をされているのに、全く理解ができなかった。


「なるほど。そういうことね」


なぜかまりあさんは理解していた。


「つまり桜くん。私たちが、交互に……。桜くんの上に、覆いかぶさるっていうことだよ」

「え……」

「正解。じゃあ早速先攻後攻を」

「待ってください。あの……」

「野並。睡眠時間の減少は肌の敵」


止める間も無く、二人はじゃんけんを始めた。勝ったのは碧先輩だった。


「私は後攻を選択する」

「そうだよね……。よし。がんばろう」


もはや俺の意見は必要とされていなかった。


「でも、これだと結局、私が有利だと思うけどなぁ……。んしょっと」


まりあさんが呟きながら……。俺の上に、乗っかってきた。


すぐ目の前に、まりあさんの顔がある。そして、全身が密着しあっていた。


「ね?桜くん。そう思うでしょ?」

「その……。なんとも言えませんけど」

「ひんやりするでしょ?私」


確かに、パジャマの素材はひんやりする。けど……。こうして前を向きながら密着してると、まりあさんのお互いの心音が、やけに響くというか……。


「あ、桜くん、ドキドキしてる」

「そりゃあしますよ……」


数時間前、まりあさんにめちゃくちゃにされた時のことが、頭を過る。今回は碧先輩がいるから、さすがにそこまでのことはされないだろうけど……。


「うん……。安心する。桜くんの顔を見ながら、こうして密着して……。ほら桜くん。目を逸らさないで?」

「……恥ずかしいです」

「だ~め。ほら。手を繋ごう?」


まりあさんに指を絡められた。恋人繋ぎだ。


気が付くと、いつのまにか足も絡めとられている。全身がまりあさんの支配下に置かれた。


「これ、いつまで……」

「もう終わり」

「え?」


碧先輩が、まりあさんを無理やりどかした。


「ちょっと碧ちゃん?随分強引なことするね」

「だって……。見てたら、待てなくなった」


碧先輩の息が荒い。まさか……、トランスモードに?


マズいぞ。さっきは結局、感情が高ぶりすぎて、泣いていたし……。


「野並……。ごめん」

「な、目が怖いですよ先輩」

「私、結構我慢したよ」

「そうですねありがとうございます。あの、とりあえず呼吸を整えましょう?リラックスです。ほら、吸って~」

「すぅ~~~~。……あぁ。野並の匂いがする。ダメかも」

「せ、先輩!?」


碧先輩が、いきなり俺の服に顔を押し付けてきた。


あらあら。そんな風に口をおさえながら、まりあさんが引いている。いやあなたもやってること大差ないですよ?この子たち血気盛んだわ~?みたいな顔してますけど。


「なるほど。自分の好きなシチュエーションに持ち込んで、リミッターを外すのが作戦だったのね。素晴らしいわ。これは完敗」

「先輩聞きましたか?勝ったらしいですよ?」

「んん……。良い匂い……」

「聞いてない!?」

「あ~。これはダメかもね。じゃあ桜くん、契約三十九。一度に桜くんと一緒に寝るのはどちらか一人だけ。バイバイ」

「それは美々子さんとの契約でしょう!?ちょっと待って、まりあさん!」


俺の願いも虚しく、まりあさんは去ってしまった……。


「……邪魔者はいなくなった」


明らかに、碧先輩の様子がおかしい。


……いや、いつもどこか変わった人ではあるんだけど、本当に、理性を感じないというか、本能むき出しの状態になっている気がする。


「はぁ……。はぁ……」


ポタリと、俺の顔に、何かが垂れた。汗かと思ったら……。妙にねとねとしている。考えないでおこう。


「碧先輩、正気に戻って下さい。どうしたって言うんですか」

「ずっとずっと我慢してきたものが、ついに崩壊した。ていうか、もうあの時から、ダメかもって思ってたけど」

「大丈夫ですって。まだ戻れますから。ね?良くないですよこんなの」

「うぅ……」


え、今度は泣き出したぞ……。情緒不安定すぎるだろ。


「先輩、大丈夫ですか?」

「メンヘラだから……。頭撫でて」

「はい……」

「もう片方の手で、背中も」

「わかりました」


泣いている先輩を慰めるのは、あの時以来だな……。


「……ふっはっは!!」


次は笑うのか……。


「……あの、先輩。どうしちゃったんですか本当に」

「野並は、私が普段クールぶってる理由を知ってるはず」

「はい。一応」

「たまにこうして、全部外れるときがある。自分がコントロールできない。あの時もそうだった」

「そうなんですね……」


しばらく背中を撫でていたら、だんだんと呼吸も整ってきた。


「はぁ……。せっかく野並を本気でからかうつもりだったのに」

「あ、あはは……」


笑えないな……。


「最近ずっとこう。野並のことを考えるとこうなる。今日に至っては、二回もなった。本人が直接いるせいもあるけど……。きっと私の中で、閉めたはずの蓋が、腐り始めているんだと思う」

「蓋、ですか」

「うん。これじゃあ野並をからかってもつまらないし、ひょっとすると間違いが起こってしまうかもしれない。だから……」

「……だから?」

「言わせてください」

「何をですか?」



「……私は、野並が好き」

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