止まることなく迫ってくる美少女たち。

碧先輩の予想通り、メイは家に着いてからも全く起きることなく、部屋に運ぶ羽目になった。


それが終わった後は、美々子さんの同棲が一旦中止されたことを、まりあさんに報告へ。


「なるほど……。私の撮影が一歩進んだと思ったら、今度は相生さんが」


……同情するようなセリフだったが、まりあさんの頬は緩んでいた。


「ねぇ桜くん。私と相生さんの契約は、あくまで同棲中の契約なの。つまり……」

「いやいや。それはさすがに」


まりあさんの言い出すことを悟った俺は、しっかりとけん制した。


「むぅ~。まだ何も言ってないでしょ?」


頬を膨らませるまりあさん。


「わかりますよ。美々子さんとの契約を破って、俺と、その……。一緒に過ごす時間を増やすとか、言い出すんでしょ?」

「よくわかったね。桜くんも、きっとそれを望んでいたから、すぐに思いついたんじゃないの?」

「違いますよ……」

「お待たせ」


碧先輩が、寝間着に着替えて、リビングへ戻ってきた。今日は……。テロテロ素材の、可愛らしいパジャマだ。


「あら。それ、ゼラペケでしょう?」

「ゼラペケ?」

「知らないの?有名な寝間着メーカー」

「へぇ……」

「触ってみて」

「いいですか?」


碧先輩の来ているパジャマを、軽く触ってみた。


おぉ……。これはなかなか。ひんやりしていて、寝心地も良さそうだな。


「これはいいですね」

「桜くん、そういうのが好きなの?じゃあ、私も着てきてあげる」

「え、そういうわけじゃ」

「遠慮しないで?今日は三人で寝るんだから」

「毎度の如く……。俺、ここ最近一人で眠った記憶が無いんですけど」


まりあさんが部屋に戻って行った。完全に無視されたな……。


「碧先輩。美々子さんのベッドが空いているので、そこで寝たらどうでしょう」

「人のベッドを勝手に使う趣味は無い」

「……」

「野並の方がそろそろ馴れるべき。いつまでも女の子と一緒に眠ることを特別だと思ってたら、成長しないから」

「なんで怒られてるんですか俺は……」

「もっといい男になるべき。せっかくいい女が周りにいるんだから」

「生々しい言い方しないでくださいよ」


碧先輩はため息をついた。


「野並を見ていると、情けなくなる。もし私が同じ状況になったら、毎日それはもう言葉では表せない行為にひたむきに励んでいた」

「同じ状況って……」

「三人の野並と同居?」

「それは違うんじゃないですかね」

「でも、世の中には同じ顔をした人間が、自分を含めて三人いるっていう話も聞く」

「ドッペルゲンガーですよね……。顔を合わせたら死ぬって聞きましたけど」

「怖い話をしないで」

「先輩が始めたんですよ……」


そうだったな……。碧先輩、ホラーダメだった。


昔、ホラー小説を書いて持って行ったら、ぼっこぼこにされたことがある。


「お待たせ~」


そうこうしているうちに、まりあさんが戻ってきた。


「ほら。触ってみて?」


まりあさんの来ているパジャマも、碧先輩と同じで、とてもひんやりする素材だった。


「桜くん。この素材を着た二人と密着しながら寝たら、きっと質の高い睡眠になるよ?」

「なりませんって。人間の熱が上回るでしょ」

「だったら、野並は脱げばいい」

「どういう発想ですか」

「でも……。私と野並は、もう裸を見せ合った中だから」

「違いますよ!水着を着てたでしょうが!」

「桜くん?」

「睨まないでください!」


この二人のコンビネーションはなかなか危険だ……。ストッパーがいない。どこまでも好き放題されてしまう。


「そうだ。良いことを思いついたわ」


まりあさんが、何かを閃いた様子で、冷蔵庫に向かった。


「これを貼れば、涼しく眠れるでしょ?」


持ってきたのは……。冷えピタだ。


「なるほど。これは確かに、いいアイデアですね」


そもそもそれぞれが違う部屋で眠れば、クーラーも効いてるし、十分快適に過ごせると思うんだけど、その意見は全く通らないのがつらいところ。


「あ、野並の冷えピタ貼ってあげる」

「いやいいですよ。自分でできます」

「へぇ。碧ちゃんは、貼ってあげたい派なんだね」

「え?」

「私は、貼ってもらいたい派だなぁ」

「なるほど」


どんな会話だよ……。


「冷えピタを貼る時に、野並に自分で髪を上げるように指示をすると、両手が使えなくなるので、その隙に色々できるかなって思いました」

「なるほど!」

「なるほど!じゃないですよ。何考えてるんですか先輩」

「冗談だから。それとも……。してほしいの?」

「違いますって」

「私はね?むしろ、普段いっぱい意地悪してるだけに、こういう冷たいものをおでこに押し付けられて、普段の仕返しとばかりに、イキイキし始める桜くんを見たいから、やっぱり貼られる派かなぁ」


なぜか俺がイキイキする前提で話が進んでるな……。



結局、俺は二人分の冷えピタを貼ることになった。


「じゃあ、碧先輩からいきますよ……」

「優しくしてね?」


いちいちそういうセリフを……。早く貼ってしまおう。


「碧先輩。前髪を上げてもらっていいですか?」

「自由を奪うんだ」

「一緒にしないでください」

「いいよ。好きにして」


碧先輩が、前髪を自分の手で上げた。ちいさなおでこが露わになる。


……なんで目を閉じるんだ。これじゃまるで。


「桜くん」

「うひぁ!」


冷えピタを貼るのに夢中になっていた俺は、背後から近づいてくるまりあさんに気が付かなかった!


……なんて茶番はさておき。


「やめてくださいよ。急に耳元で。なんですか?」

「今ここで、碧ちゃんにキスしたら……。どうなるかな」

「するわけないでしょ……」

「なんで?そこに隙だらけの唇があるのに。もったいない」

「イタリア男子じゃないんですから」

「……野並。まだ?」


待ちかねた碧先輩が、目を開いた。


そして、不満そうな顔をする。


「……私が目を閉じてる間に、もうイチャイチャしてるんだ」

「ちがっ。これは」

「そうだよ?」


まりあさんが、後ろから抱き着いてきた。


「私、気が付いちゃった。冷えピタを貼られる人だけじゃなくて、貼る人も無防備なんだなって」

「だからって、そういうことしないでくださいよ」

「ほらほら。桜くんの好きな素材だよ……?」

「ちょっと……!」


まりあさんが、ズリズリと体を動かし、密着を強めてくる。当然、柔らかい様々な部分が、擦れて……。


「変態」


碧先輩が、ゴミを見るような目で俺を見ながら呟いた。


どうして冷えピタを貼るだけのイベントが、こんな方向に発展していくんだ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る