徳重まりあの秘密。

「……」


俺の部屋に来たまりあさんが、浮かない顔をしていた。


「どうかしました?」

「うん……」

「……」

「……」


部屋に来てからというものの、何かを考えたり、ため息をついたり……。どうやらお困りの様子だ。


「その、シチュエーションは……」

「今日ね?」

「あ、はい」

「相生さんも、メイちゃんもいないでしょ?」

「そうですね」


美々子さんは県外でコンサート。メイも県外で泊まりの仕事だ。


俺とまりあさんが恋人状態になって、初めて二人きりで過ごす夜。


……少しくらいは、大胆なアプローチがあるのかな。なんて、緊張してみたり。


「今、二人で同棲しているってシチュエーションをやるには、うってつけの状況だと思うの」

「同棲、ですか」


軽いネタバレである。そのあたりを気遣ってくれて、悩んでいたのかもしれない。けど、出演者に協力する以上は、ある程度仕方のないことだと思う。それに、ストーリーの流れ的に、同棲は予想できる流れだったから、そこまでのダメージは無かった。


……問題は、どんなシーンが含まれているか、という話で。


空君は終盤戦に突入している。きっとなかなか大胆なシーンも多いだろう。


まりあさんのモジモジした様子は、きっとそれが原因だ。


「ま、まぁその。普段から美少女三人と同棲してますし、任せてください」


変な強がり方をしてしまった。まりあさんが、クスクスと笑っている。


「ごめんね?変な気を使わせちゃって」

「大丈夫です。ご心配無く」

「そう?じゃあ、シチュエーションを進めちゃうけど……。同棲だから、テンションが上がって、コンビニでたくさん買い物をする……。なんてシーンを練習したいなぁって思うの」

「具体的ですね……」

「本当にごめんね?」

「いやいや。まりあさんの彼氏を務めさせていただいてるわけですから。嬉しい限りです」


なんて、無理にセリフを並べてみて。


俺たちは、コンビニへと向かった。


☆ ☆ ☆


「なんか、良いよね。こうやって、夜中に外出するのって」

「わかる気がします」

「ドキドキとか、ワクワクとか……。色んな感情が湧いてくるよ」


……そんな俺たちは、手を繋いで歩いている。


本当に、恋人みたいだ。


「桜くん」

「はい?」

「今、どんなこと考えてる?」

「どんなこと……」

「……もしかして、エッチなこと?」

「違いますよ!」

「ふふっ。冗談」

「もう……。からかわないでください」

「でも、私としては、全くいやらしい気持ちになってくれないのも、なんだか自信失くしちゃうなぁ」


小さくため息をついたまりあさんは、とても大人の魅力が溢れていて……。


……高校二年生の男子が迎え撃つには、あまりに強すぎる彼女だと思った。


「……全くなってないなんてことは、ありませんけどね」

「そう?でも桜くん、今だってこうして手を繋いでいても、全然挙動不審にならないし……」

「なんとか慣れてきたんですよ。初日だったら手が震えてたと思います」

「もうしばらく経つんだねぇ……。こんな風になると、思ってなかったけど」

「それは、どういう……」

「内緒。ほら、コンビニにとうちゃ~く!」


急に子供っぽく舌を出して、俺の手を引っ張ったまりあさん。


それはまさに、空君のヒロイン、由利のような仕草で……。


「……康太。楽しいね」


大人の女性の殻を被る、無邪気なヒロイン。


それが、まりあさんの演じる、由利の特徴だ。


目の当たりにすると、これがとても魅力的で、心を奪われてしまう。


「……今のは、可愛すぎますよ」

「そう?ありがとうね」

「わっ。まりあさん……」


まりあさんが、俺の頭を撫でてきた。優しく、まるで子供をあやすみたいに……。


「桜くん、さ」

「はい」

「私のこと、本気で好きになれそう?」

「……えっ」


まりあさんの真剣な表情が、それはもう、美しくて。


俺は何も言葉が出なかった。


「……な~んちゃって!あはは。桜くんは可愛いなぁ」

「からかったんですか……」

「夜だから、ちょっとテンション高いかも」


繋いだ手をブラブラと揺らしながら、コンビニに入る俺たち。


俺が持ったかごの中に、次から次へとお酒が放り込まれて行く。


「ちょっとまりあさん。これ……」

「いいの。明日は撮影、午後からだから。起きられなくてもいいからね」

「そういう問題じゃなくて……。まりあさん、お酒得意じゃないですよね?」

「そうだよ?」

「じゃあどうして……」

「……ちょっと、ね。そういう気分なの」


もしかすると、お酒を飲むシチュエーションがあるのだろうか。


それならば、咎める必要は無いけれど……。




会計を済ませて、帰路に就く俺たち。右手に、レジ袋が伸びるくらい、お酒の重みを感じていた。


「今日はね。相生さんも、メイちゃんも、絶対に帰ってこない」

「……はい。そうですね」

「もし私たちがイチャイチャしてても、途中で乱入してくることなんてない」

「……」

「私たち、どうなっちゃうと思う?」


今日のまりあさんは、本当に怪しい雰囲気だ。


危険な香りのする、美しいお姉さん。


きっと、明日の撮影のためのスイッチが、もう入ってしまっているんだろう。


けど、俺からすれば、そこにいるのは由利ではなく、徳重まりあで……。


歪んだ空気のまま、家に着いた。


ちょうど玄関のドアを開けた瞬間、誰かから電話が……。


「ちょうどよかった。私、お風呂に入りたいの。あとで部屋に行くね?」

「……はい」


俺は外に出て、スマホを確認。


相手は親父だった。どうしていつもいつも夜中にかけてくるんだあの人は……。


「もしもし?」

「……おっす」


……親父のテンションが低い。


こういう時は、大事な話がある証拠だ。


「……どうした?」

「ネットニュースは見たか?」

「見てないけど、なに?」

「空君の康太役を知っているか」

「知ってるけど……」


まりあさんと同じで、若手の俳優だ。空君での演技が評価されて、メディアへの露出も増えている。


「その人がどうかしたのか?」

「ちょっと、やらかしてな。スキャンダルだ」

「えっ……」

「別に、浮気したわけでもねぇ。ただの純粋な恋愛だ。だが、ファンはどう思うだろうな……。徳重まりあではなく、他の女と……」

「それは関係ないだろ?ファンなら……」


『あなたの好きな私の恋を、全力で応援してくれてもいいんじゃないかって……』


まりあさんが言っていたセリフを思い出す。


空君は、あくまでフィクションの世界だ。現実には何の関係も無い。


「俺だってそう思う。でも、すでに叩かれ始めててな。ドラマが大事な時期にどういうつもりだなんて書かれてる」

「そんな……」

「空君は……。徳重まりあと暮らしているならわかると思うが、かなり厳しいスケジュールで撮影されてる。つまり、今度放送される最新話に、康太役のあいつのメンタルが大きく影響するってわけだ」


事の重大さを理解した。


空君が……。ダメになるかもしれないってことか。


「もちろん、彼は優秀な役者だ。ある程度のクオリティには仕上げるだろう。だがな……。最高の作品になるチャンスを逃したくない。それで、お前に役目を与える」

「役目?」

「由利が、康太に余計なことを考えさせないくらい、完璧なヒロインを演じきれれば、康太だって、最高の演技を見せてくれる。そう思うだろ?」

「思うけど、それと俺の役目に、どういう関係が……」

「徳重まりあを、完璧なヒロインに仕上げてくれ」

「……は?」


俺が、まりあさんを?


いや、無理だろ。


「現実見ようぜ。親父」

「見てる。お前の何倍も頭を叩かせてな。俺の優秀な脳みそコンピューターが導き出した最高の手段は、お前を頼ることだった」

「故障してるだろ。そのコンピューター」

「だったらなおさら、これしか思いつかないぞ」

「……」

「……わかった。本当は、徳重まりあ本人から話があるべきだと思っていたが……。秘密を一つ、解禁しようと思う」

「秘密?」

「そうだ。お前と、徳重まりあの関係性について」

「……どういうことだ?昔、会ったことがあるのか?」

「落ち着け。今話すから、ちゃんと聞けよ?一度しか言わないからな?」

「……おう」


俺は、汗で滑りそうになるスマホを、しっかりと握り直した。

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