桜と寝たい私たち。

「第一回!誰が桜と一緒の布団で寝られるでしょう選手権!!!」


パチパチと、まばらな拍手が、美々子さんに贈られた。


……ことあるごとに大会が開かれている気がするんだけど、気のせいかな。


「今回の大会の企画主旨を説明します!桜と一緒に寝たい私たち四人は、リビングで雑魚寝をすることで、解決しようとしました!しかぁし!桜の隣で眠ることができるのは、右と左。そう、二人だけ!その権利を争うという大会でございます!」


大変わかりやすい説明だった。けど、ツッコミポイントが一つあるので、俺の心の中だけでも言わせてもらいたい。


そもそも、結局俺の両サイドが二人で埋まるなら、ベッドで眠っていても変わらないのでは?


このあたりを追及してみたが、美々子さんに、『桜と一緒の空間で寝ることに意味があるんだよ!』と、恥ずかしいことを言われてしまい、撃沈。


結果、俺はただ黙って、四人の対決を見ることしかできなくなった。


「絶対負けない……」

「お、メイ。気合入ってんな!そんなに桜と一緒に寝たいのか?」

「ち、違う。桜がどうしても、メイと一緒に寝たいって顔してるから」


してないけど、話しの流れを断ち切るのが嫌だったので、聞こえないフリをした。


「私は、せっかくのお泊りだし、野並をもっとイジりたい」


そして碧先輩は本音が出てしまっている。学校でも散々俺をからかってくるくせに、まだ足りないっていうのか……。


「年頃の男の子と一緒に寝ることで、ドラマの演技に生きてくる部分もあると思うの。だから私、頑張るね?」


まりあさんが、俺に向けてウィンクをしてきた。確かに空君でも、主人公の康太と一緒に、ソファーで寝落ちしてしまうみたいなシーンがあったような……。


……でも、まりあさんの演技に、俺が絡んでいるなんてファンが知ったら、嫌だろうなぁ。心が痛い。


「んで、まぁあたしは元々約束してたし、決まりってわけだな」

「は?」

「え」

「ん?」


三人が、同時に声を上げた。


美々子さんが首を傾げている。


「だって、そうだろ?なぁ桜」

「ここで俺に振らないでくださいよ……」


三人の視線を感じる。下手なことを言ったら、何をされるかわかったもんじゃない。


「……その、お任せします」

「だって、相生。例外は無いから」

「えぇ~!?あたし、何のために演奏頑張ったんだよ!」

「別に、勝てばいいでしょう?それとも相生さん、負けるのが怖い?」


珍しく、まりあさんが煽るようなことを言った。


……それで火がついてしまったのか、美々子さんが、拳を突き上げーー。


「やってやろうじゃねぇかぁ!!!絶対負けないぞあたしは!桜と寝てやる!!!」


声高らかに、そう宣言したのだった。


「てなわけで、ルール説明をするぞ」


一転、落ち着いた様子で、三人に何かを配り始める美々子さん。


「今渡した棒には、数字が書いてあるんだ。そんで、大事なのはこっち」


美々子さんが手に持ったのは、穴の開いた箱だった。


「ここに、一から四までの数字が書いてあるボールが入ってる。今から桜に、ボールを二つ選んでもらって、その選ばれた数字の二人が、無事桜と一緒に眠れるってわけ!」


シンプルなゲームだな……。要は、大会と言っても、実力では無く、運で決まってしまう対決ということになる。


……いや、というよりも、俺に結果を委ねられたという状態じゃないか?これ。


「桜。メイを引かなかったら、泣くから」

「野並。信じてる」

「桜くん……」

「頼むぜ桜!」

「い、いや!荷が重すぎますって!」


どんな結果になろうと、この中の二人は傷つくことになってしまう……。


とはいえ、引かないという選択肢は、もはや無いのだった。


「……じゃあ、一つ目、行きますよ?」


返事はなかった。


その代わりに、メイは目を閉じ、唇を噛みしめ……。


碧先輩は、少し眉をひそめながら、箱を見つめ……。


まりあさんは、両手を合わせながら、祈りを捧げ……。


美々子さんは、ニコニコしながら、俺を見つめていた。


ゆっくりと、箱に手を入れる。


そして、ボールを掴みーー引き上げた。


「……三番、です」

「やったぁ!」


メイが、飛び上がって喜んだ。


が、しかし、すぐに視線に気が付いて、頬を赤くしながら着席。


「……ど、どんな勝負でも、勝つのは嬉しいことだから」


そして、小さな声で言い訳をする。


残りの三人には、ちょっとした緊張感が生まれていた。


碧先輩は、箱ではなく、俺を見つめているし……。


まりあさんも、相変わらず祈りを捧げつつも、視線は俺に……。


美々子さんも、殺気立ったようすで、俺を……。


「あの、三人とも。俺を見つめたって、数字は変わりませんからね?」

「わかってんだよそんなことは!でも緊張するじゃんか!」

「野並。早く楽にして」

「……桜くん、お願い」


それぞれの気持ちを、真摯に受け止めつつ。


……俺は、箱に手を突っ込み、ボールを掴んだ。


最後の一人に選ばれたのは……。


「……四番の人、です」

「……」

「……」

「……やったぁ!!!」


少しだけ時間があってから、まりあさんが喜びの声を上げた。


「私ね?数字は見ていなかったの。だから、呼ばれてからも自分ってわかってなくて……。あぁ嬉しい!本当に嬉しい!空君のオーディションに受かった時よりも嬉しいかも!」

「その発言はだいぶ問題があるような気が……」


……さて。


負けてしまった、お二人さんなんですけども。


「二人は桜と風呂に入った。だから今回はお相子」

「うぅ……。桜ぁ。敷布団でもいいからやらせてくれよ~」

「何を言ってるんですか美々子さん……」

「野並は運が無い。最高のチャンスを逃した。もし今日私と一緒に眠っていたら、数日後の告白フラグになっていたかもしれないのに」

「先輩も……。やけになって、変なこと言わないでくださいよ」

「ふんっ」


頬を膨らませ、そっぽを向く先輩。その仕草がとても可愛かったけれど、言及できる状況じゃなかった。


「まぁ、負けちまったもんは仕方ねぇよなぁ。よし、布団敷くかぁ」


美々子さんの号令で、俺たちは布団を敷き始めた。

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