四人目の美少女……?

「……なにこれ」


神沢先輩に小説を見せたところ、顔をしかめられてしまった。


「えっと……。そんなにつまんないですか?」

「そうじゃない。むしろ逆」

「え?」

「描写が具体的。絵が浮かぶ」

「あ、ありがとうございます……」


神沢先輩は、めったに俺を褒めてくれない。これはかなり進歩したと言っていいんじゃなかろうか。


「野並。一つ質問がある」

「なんですか?」

「……これは、実体験?」

「……」


……まぁ、そりゃあバレるよな。


昨日まで恋愛の描写がダメダメだったくせに、いきなりこんな具体的なシチュエーション書いてきたら……。


俺が今回の恋愛小説に使ったのは、メイに抱き着かれた場面だ。


背中に当たる寝息と、柔らかい肌のぬくもり。それをそのまま書いてしまった。


「やっぱり、イチャイチャしてるんだ」

「し、してませんよ」

「絶対嘘」

「イチャイチャっていうか……。メイはちょっと寂しがりやなんです。別に、お互い特別な感情とかないですし」

「野並に相手の気持ちがわかるの?」

「それは……」

「あんなに恋愛描写がボロボロの野並に」

「皆まで言わないでくださいよ!」


結局今日も、けちょんけちょんにされてるな……。小説家への道は険しい。


「あと、下の名前で呼んでるんだね」

「それは……。同居人ですから。関係性を深めるために」

「私のことは、いつまで経っても神沢先輩なのに」

「……えっと」

「野並にとって、私は小説を教えるだけの女?」

「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ!」


いつのまにか、向かいの席に座っていたはずの神沢先輩が、すぐ隣に来ていた。


「せ、先輩?」

「匂いをチェックする」

「え?」


昨日みたいに、俺の腕を掴んだ神沢先輩は……。


そのまま、鼻をつけて、匂いを嗅ぎ始めた。


「せ、先輩!?何してるんですか!」

「黙ってて」

「……」


小さな鼻が動くたびに、腕に振動が伝わってくる。


しばらくして、先輩が顔を上げた。


「……大人の香りがする。ギャルみたいな香り」

「性格までわかるんですか?」

「当たってるんだ」

「……」

「昨日はメイっていう子に抱き着かれながら寝て、今日はギャルとイチャイチャしてから学校に……。真面目だった野並少年はどこに?」

「やめてくださいよ。ちゃんとここにいます。俺は真面目ですよ」

「……私は、四番目?」


神沢先輩が、俺の顔を覗き込んでくる。


その真面目な表情に、思わずドキッとしてしまった。


「一番とか、四番とか、そういうのないですって」

「ないわけない。だって、野並は私とイチャイチャしないから」

「それは……」


……確かに、先輩とそういう雰囲気になるなんてことは、想像つかないけど。


「野並にとって、私は小説を教えるだけの都合の良い女」

「そんなことないですよ!俺、先輩のこと、ちゃんと人間としても尊敬しているし……。若いうちから将来のこと考えて、本気で仕事できるのは、マジですごいと思ってますから!」

「……そ、そんな急に、褒めないで」


神沢先輩の顔が、一気に赤くなった。褒められると弱いんだよな。この人。


「……とにかく、俺は先輩のこと、都合の良い女だなんて、思ってませんから。それだけは理解してください」

「わかった。私が悪かった」

「……わかってくれたならいいんです」


先輩が、元の位置に戻った。


「……でも、やっぱり気になる」

「何がですか」

「野並が、他の女とイチャイチャしてるかどうか」

「だから……。してませんよ」

「直接見ないと、信用できない」

「……まさか」

「今日は、野並の家に泊まる」

「えぇ……」


先輩は、一度決めてしまうと、簡単には説得できない。


だから、これはもう受け入れるしかなくて……。


「でも先輩。空き部屋ないですからリビングで寝てもらうことになりますよ?」

「野並の部屋で寝る」

「いやいやいや。さすがにそれは」

「メイっていう子はいいのに、私はダメなの?」

「……」

「はい。決定」

「気が早いです!」

「冷静に考えて。もし、私が野並の家に行けば、夜遅くまで直接指導ができる。明日は休みだし、時間制限なく小説の技術を高められると思ったら、良い機会だと思わない?」

「……それは、一理ありますね」


一理どころか、一億理くらいあるだろう。


現役の作家のアドバイスを、リアルタイムで受けられるのだから、お金を払ってでもやってもらいたい人がいるかもしれない。


けど……。俺と先輩は、それよりなにより、年ごろの男女なわけで。


「先輩の両親は、許可してくれるんですか?」

「私、一人暮らしだから」

「あ、そうなんですね……」

「じゃあ、一旦家に帰って、荷物を用意してくる」

「え?あ、神沢先輩?」


神沢先輩は、ダッシュで出て行ってしまった……。


これは……。また厄介なことになってしまったぞ?


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