メイのお兄ちゃん

「メイと一緒に寝るの!」


状況説明。メイが部屋にやってきた。ベッドに座らされた。押し倒された。


潤んだ瞳で、俺を睨みつけている。


「……えっと、なんで?」

「なんでとかないから」

「いや、あるだろ。あんなに俺のこと嫌ってたメイが、いきなり一緒に寝ようって言うなんて」

「……別に、嫌ってないし」


メイはそう言うが、アレで嫌われてないと思う方が難しい。


「と、とにかくさ。この状態は色々マズいから、一旦離れてくれないか」

「ダメ」

「……」

「桜、逃げるから」

「逃げないって。ここ家なんだぞ。どこに逃げるって言うんだよ」

「このままメイと寝てくれなきゃ、怒るから」

「無茶言うなよ……。まだ俺、やることが残ってるんだ……」


昨日、神沢先輩とは、微妙な空気になったばかりだ。なんとか先輩を納得させられるような小説を書かないといけない。


「メイのこと嫌いなの?」

「嫌いじゃないって」

「明日、朝から仕事あるし、早く寝ないといけないんだけど」

「そう言われてもな……」

「睡眠薬を飲ませておくべきだったね」

「怖いこと言うな」


ダメだ。埒が明かない。


……正直、メイくらいの小さい女の子だったら、無理やりどかすこともできるけど、それはしたくなかった。


何か事情があるのは間違いないし。


「なぁメイ。俺、本気で小説家目指してるんだよ。頼むから書かせてくれないか?」

「……じゃあ、ベッドの上で書いて」

「ベッドの上で?」

「うん。メイは寝るから」

「それでいいなら」


理由は全くわからないが、とりあえず納得してくれたらしい。


早速、ノートパソコンを持って、ベッドに座った。


メイは横に……。なるかと思ったら。


……俺に抱き着いてきた。


いきなりの行動で、変な汗が出てきてしまう。


「め、メイさん?何してらっしゃるの?」

「おやすみ」

「おやすみじゃなくて!なんで急に抱き着いてきたんだ!」


まりあさんみたいな、お姉さん特有の抱擁感みたいなものはないけど、しがみつくように抱き着かれていて……。こっちの方が緊張するかもしれない。


「スンスン……」

「お、おい。匂い嗅ぐなよ」

「……」

「メイ?」

「寝るんだから、話しかけないで」

「そう言ってもなぁ。こんなに強く抱き着かれたら、集中できるものもできないよ」

「じゃあやめれば?」

「そうはいかないんだって」

「小説とメイ、どっちが大事なの?」

「やめてくれよそれ」


どうやら、力を緩める気はないらしい。


俺は諦めて、小説を書き始める。


しばらくすると、背中に規則正しい寝息が当たり始めた。


……よし。寝たか。


起こさないように、そっと手を離……。


……全然離れない。


異常なほど強い力で、俺は拘束されていた。


「お兄ちゃん……」

「え?」

「……」

「……なんだ、寝言か」


メイって、お兄ちゃんいたんだな。だからちょっとわがままで、甘えん坊なのかもしれない。


なんて、本人に言ったらめちゃくちゃ怒られるだろうし、絶対言わないけど。


「……お兄ちゃん、行っちゃヤダ」

「……」

「メイを一人にしないで……」


……こんなに具体的に寝言を呟く人は、初めてみたな。


あ、でもこのシチュエーション、もしかして、そのまま小説に流用できるんじゃないか。


ちょうど主人公の彼女は、年下の妹キャラだし。


「ありがとう。メイ」


ネタを提供してくれたメイに感謝しつつ、俺は小説を書き進めた。


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