第96話 女神様と打ち合わせして各勢力の思惑について把握しようとしたら女神に子作りを誘われた上にエルフの未亡人と女領主が出くわして修羅場です【間章完結】

「結論から行くか……竜とはまだ戦えないわ」

「なんでよ」


 農協シンジケートの理事会の後、颯太そうたは女神と共に今後の方針の打ち合わせを行っていた。

 村長の館にある彼専用の執務室で、自分で入れた薬草茶と王都で女神が買ったチョコレートで優雅なお茶会だ。チョコは南方の貧しい遊人ハーフリングの子どもが収穫しており、彼らの給料ではチョコなど贅沢品で手が出ない。


「お前の力を借りれば互角以上に戦えるよ? 聖女も言えば手伝ってくれるだろうし、サンジェルマンの力を借りる手もある。けど、皆が死ぬんだよ。このチョコも食えなくなる」

「私は! 上等! やっぱ人類を一から作り直してあなたが善導した方が早いわよ!」

「そんな悪の親玉みたいなことできるかよ! ふざけんな!」

「麻薬王が何を言ってるの……?」


 ――それはそうだね。

 颯太そうたは言い返せなくなってげんなりした顔でチョコを齧った。


「例えばだ。俺はこの星の皆が茶請けにチョコでも食える世界を作りたいんだ。カカオ農場で働く子どもたちでもな。そういう、誰もが三食困らないし、貧富の差があっても、飢えたり理不尽な暴力で死んだりしない世界を目指している訳だ。俺無しでもそれが維持される世界をな」

「そうね」

「それを皆殺しにして零から作ってみろ。俺無しじゃ成り立たない世界になるじゃねえか」

「寿命を盛ればいけるわよ! 権能スキルもう一つくらいとってみる?」

「俺は早死したくはないけど、長生きすぎるのも嫌なのよ。死にたくないけど死なない身体にはなりたくないの」

「そうやって私を一人にするんだ……」

「この星の星座にでもしてくれよ」

「オッケー!」


 女神は朗らかな笑顔を見せた。

 ――あっ、何かをミスった?

 颯太そうたのこめかみにうっすらと冷や汗が浮かんだ。

 だが女神は気にしていない様子で話題を切り替える。


「ところでソウタ?」

「なんだ」

「竜と戦うと、非戦闘員に大きな損害が出て、人類の存続に関わる事態が予想されるということは分かったわ。密貿易に旨味があるってこともね。けど、密貿易にはリスクもあるわよね? 他の人の子らからそれをつつかれたらどうするのよ」

「他の人族勢力の動向についても考えるべき、か。確かにそれはそうだ」

「サンジェルマンは『そう何度も宮廷の政治闘争で負けてたまりますか! 天才のボクがっ!』ってすっごくいやらしく立ち回っていたけど」

「そういうとこなんだよなあいつ」

「どうなのよ、密貿易について嗅ぎ回られる可能性」


 颯太そうたは全ての指と指を合わせて目を瞑った。

 それからしばらく考えて、両手で口元を隠した。


「レン。今から俺が話す内容は誰にも聞かれないようにしろ」

「ええ、まあ誰も近づけないようにしているわ」

「じゃあ良い。まず第一に中央政府。あいつらはまだ聖女とサンジェルマンのことしか注目していない。だがウンガヨさんがどこまで王国の中枢に情報を流しているか分からない。エルフの為にならないことはしないが、エルフの為に何をするか分からないからな。今一番気をつけるべき相手は王国の中枢に密貿易を知られないことだ」

「あー、あの深森人ダークエルフの子ねえ。うん、あれはちょっとヤバいわね。この時代における私の本体メインユニットの封印維持にも関わっているから、動向に注意して頂戴。万が一にでも私が本体メインユニットの解放を狙っていると知られたらヤバいから」

「次に聖女領の政府。というか、カレン。あいつがウンガヨさんと繋がってて、ウンガヨが今のお前の封印を維持しているなら、対女神同盟のような関係があってもおかしくないよな」


 それを聞いた女神は目を丸くした。


「えっ、あー……そうね」

「お前の封印を維持したまま、ある程度お前の意向を実現し、その過程で俺を独占する。カレンが今考えている動きはそういうものだと見ている」

「心でも読んでるの?」

「これは只の技術。カレンの目論見とウンガヨの目論見はぶつかり合わない。そして密貿易の結果が人族社会にとって不利益になったら、カレンとウンガヨの双方にとって不利益になるし、その場合俺も狙われるし王国の中枢も黙ってはいない」

「そうね」

「だから、ここで、白竜と聖女の間にあった不可侵の口約束と迷い込んだ竜との戦いに彼らが関与しないという約束が効いてくる。白竜の軍閥に対して戦力支援を行うことで、他の竜の侵攻は白竜が潰しやすくなる。なおかつ供与された土地とそこに作る開拓村は竜の動向を見張る拠点となりうる。実は人類側のメリットになるんだ」


 女神は腕を組んで首を傾げた。

 それからポンと手を打ってニコッと笑う。


「ソータが~! よくやってる~! 浮気の言い訳みたいなものね! これは必要なことだからと言ってうまいことやるやつ!」

「浮気……?」


 ――心当たりしか無いが。

 分かっていた。

 ――肯定したら命が幾つあっても足りない。


「じゃあドラ娘姉妹と何してたのよ!!!!!!!!!!!!!」

「ドラゴンの女の子たちとはなにもしてねえよ!」

「じゃああのエルフの小娘にちょっと本気すぎない?」

「小娘とか言うなよ! アスギさんは人間基準でも俺よりちょっと年上だよ!」

「それにしたってあのハーフエルフとか人間の子どもとか……カレンちゃんはまあおこぼれを恵んでいるだけだから良いとして、もっと私に構ってよ!」

「なんなんだこの女神は……」

「あっ、そうだ! 開拓地の統治するのよね? 私の復活も同時にやっちゃいましょうよ! ソータ帝国の初代皇帝として私を連れてパレードするの!」

「テ イ コ ク」

「子どもとか作る? ほら、あなたの遺伝データを元に良い感じにしてあげるから! 復活した私の本体メインユニットの生体錬成装置からパッカーンって!」

「人間として死なせてよぉ!」


 ――エルフの村の連中が自分の利益にしか興味ないとか、サンジェルマンはまだ発明品を隠し持っているとか、あの辺りの動向についても話したかったのにそれどころじゃねえな。

 ――どうやって言い訳しよう。可愛い女の子が目の前に居たら声をかけるにきまってるじゃないか。そんなのまで浮気扱いされたらやってられねえぞ。

 颯太そうたが溜息をついたその時だ。


「あっ、ごめんソウタ。緊急事態みたい」

「は?」

「ちょっと人入れるわね。念の為、私は姿消しとくから」


 執務室のドアが音を立てて開いた。


     *


「マスター!」

「莨谷先生!」


 村長執務室の扉を半ば蹴破るようにフィルと聖女が乗り込んできた。


「東の小王都キンメリアが落ちました! やばいですマスター! 我々が対話したのとは別勢力のドラゴンによる侵略です!」

「中央からの王国軍の支援を受けてミュンヒハウゼン男爵が凌いでいますが、陥落が近いようです!」


 ――おっ、おお……!?


「おっ、おお……!?」


 混乱のあまり頭の中が真っ白になった颯太そうた

 さらに畳み掛けるように、部屋に高速で近づいてくるエルフの未亡人が居た。


「あら~ソウタさんったら、この部屋にいらしたんですね。村に戻ったと思ったらずっと仕事なさってるものだから寂しくて……」


 アスギである。フィルと聖女の間をすり抜けて、颯太そうたの隣に立つ。


「フィル君が案内しているお客様……ってことは、お仕事の話の途中でした?」

「エルフ……大人……距離感……」


 聖女の瞳からハイライトが失われていく。

 ――むっ、いかん。

 颯太そうたの脳細胞がトップギアに切り替わる。

 だがそれよりも早く聖女が仕掛けた。


「失礼ですが、とはどのようなご関係で? いえ、領主として、重臣の身の回りの話は少し伺っておかなくてはと」

「家族……のようなものでしょうか」


 聖女は表情を引きつらせ、アスギは頬を染めながら颯太そうたとの距離を更に縮める。領主という単語は特に聞いていない。領主が相手でも特に関係ないからだ。

 早くも颯太そうたは二人の放つ不穏な圧力に押しつぶされそうだった。

 心臓が早鐘を打ち、手のひらに汗がにじむ。

 ――ん?

 いつの間にか手の中に違和感があった。


「へえ……家族。颯太さんの家族ですか」

「颯太さんってなんですか? ソウタさんのお名前でしょうか」

「おや、ご存知ないので――」

「良いんです。私にとっての彼は今ここに居る彼ですから」


 颯太そうたは藁にもすがる思いで手の中を確かめた。

 二人の会話は聞かない。聞かない振りで逃げ切るつもりだ。


『ヌイです。このメモを読んだらまずはバルコニーを開けてください。ヌイはやってられないのでお先に退散しますが、今晩お部屋に伺いますので鍵は閉めて一人で居てください開けて押し入りますから』

「困るのですよ。そのようなことを言われても、颯太さんは私の臣下。今は大事な仕事の話をしているのでお引取り願いたい」

「あら、仕事の話には関わりませんわ。あくまで彼の家族として、お茶でも淹れてあげようかと思っただけ。すぐに退散いたします」

「せっかくなのでマダムも聞いていってください! 大変なことが起きたのです!」

「あら、フィル君がそう言うならお邪魔しようかしら」

「少年は何を言っているのかな……?」

「これはやはり皆で話すべきかと!」


 ヌイの指示どおり、颯太そうたはバルコニーの窓を開けた。

 すると――。


「村長! でっけぇイノシシとれた!」

「村長、酒飲もうぜ!」

「やっぱ種まき前には宴会だよなぁ!」

「領主様が来てるってマジ!? さすが村長だな! 領主様もお呼びして森人エルフの宴を始めようぜ!」

「領主様って聖女様なんだろ! 今度生まれるうちの子に名前つけてくれよーっ!」


 エルフが群れ集っていた。ヌイがこっそり集めたのだ。

 ――た、助かった~!

 颯太そうたは笑顔で彼らに答えた。


「ああ……そうだな!」


 春の風がバルコニーから部屋の中を駆け抜けていった。

 聖女とアスギの放った焦げ臭い空気を吹き飛ばすように。

 二人は互いに微笑みを保ったまま距離をとり、聖女の方がバルコニーから顔を出す。聖女がエルフの村人たちに手を振っている間、アスギの指が颯太そうたのまだ新しい背中の傷を優しくなぞっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る