第95.5話 聖女様は平和の為に戦争に備えるようです

 人間王国の北部に位置する聖女領。ロードスター家の領地として代々受け継がれる土地は、王族の血筋につながるという信頼関係に基づき、王国の国防の大事な役目を与えられ、また徴税や治安維持について非常に強い権限が認められていた。


「……さて、と」


 その領主の館にある執務室で、聖女カレン・ロードスターは国家魔道士にして深森人ダークエルフのウンガヨから調査結果の報告を受けていた。


「ウンガヨ様。調査結果について報告していただこうかしら」

「ああ、ソウタくんが上手く竜の注意をひきつけてくれたからね。調査は実にスムーズだった」

「ソウタ様には気づかれていないでしょうか?」

「アヤヒちゃんから報告されていない限りは大丈夫だと思ウヨ。逃げる為だといって少し迂回しながら村まで戻ったけど、彼女が怪しんでいる様子も無かったカラサー」

「で、あればいいのです。は、合っていましたか?」


 ウンガヨは簡単な手書きの地図をバッグから取り出した。


「オウイェ、精霊エレメントを放ッテ調べさせタヨ。少し細かい補足を書き加えたから確認シテネ」


 聖女はその地図を見て満足気に頷く。


「女神様から見せてもらった地図に近づいていますね。素晴らしい……」

「女神様か……ホントーに居るのかい?」

「ええ、私は会話もできます。歴代の聖女たちのように一方的に言葉を預けられるだけでなく、こちらの意向をお伝えすることも可能です」

「お飾りの聖女様から大領主へと成り上がった手腕を見るに、嘘ではないんだろうねえ。恐るべき力だ」

「あら、それを言えば精霊魔術使えるウンガヨ様は恐ろしいですわ」


 ウンガヨはカラカラと笑う。


精霊エレメントは魔法の力を嫌うけど、それ以上に薬草ウィードが好きだからね。魔法の力を高めながら、精霊エレメントとも仲良くやれるのさ」


 そう、これがあればね。

 と言って、大麻の入った小袋を見せる。


「ともかく、今後は対竜ドラゴンキルを想定した軍事教練を開始します。ウンガヨ様には是非とも教官として騎士たちの育成を手伝っていただかなくてはなりません。ウンガヨ様のエルフ自治区との良好な関係の為にも、お手伝いいただきますよ」

人間ヒューマンって脆いカラナー。うっかり故障させちゃうかも」

「私が責任持って祈って治します。ガンガンやってください」

「ワー、コワイネ」


 聖女はコホンと咳払いをして窓の外を眺める。

 カレンが連れてきた騎士たちが男女入り乱れて刃を振るっていた。

 いずれも逞しい肉体を持ち、簡単な魔術の心得がある精鋭だ。

 聖女の名を聞いて参じてきた元冒険者の腕利きも混じっており、非常に実戦向きな部隊となりつつあった。


「辺境伯の城で起きた大虐殺によって、結果的に我が軍の新陳代謝が進みました。魔力電池が零になった結果、ウンガヨ様にもお声がけしやすくなりましたし」

「ソウダネエ。辺境伯は森人エルフ嫌いだったし、僕も近寄り辛くて困ってたんだ」

「私も別に森人エルフ好きではありませんが、殊更に迫害したいとは思いません。しかも颯太そうた様が居る間は、人間による他の人族への迫害は減ることでしょう」

「うんうん、とても居心地が良くなったよ」


 二人は顔を見合わせる。そして頷く。


「けど……それで終わらせられない、ダロ?」

「ええ、颯太そうた様ただ一人に好きにさせるのは危険だと見ています」

「彼は『全ての虐げられた者の味方』であって、『エルフの味方』じゃないからね」

「それに麻薬の流通の問題もあります。今の主要な顧客は人間の富裕層ですが、おそらく貧困層にも薬物汚染が広がっていきます。颯太そうた様がそれを望まなくとも、他の麻薬組織が貧困層を狙う以上、“水晶の夜”を通じた麻薬ビジネスはその方向へ向かっていく筈です」

「問題山積だねえ」


 聖女はため息をつく。


「あの人はきっと、麻薬ビジネスを終わらせて、エルフや他の人族を救ったとしても、止まらない気がするのです」

「新しい社会の中で、虐げられる人々の側に立って、また反社会活動を始めるだろうね。彼はそういう手合だよ」

「女神様をどうやって唆したのかはわかりませんが、彼もその支援を受けていることは確かです。かつてのサンジェルマンと同じです。奴をぶっ殺せてよかった。本当に良かった」

「そうだね。サンジェルマンは厄介だった。彼と同じように無理に敵対せずに、うまく利用したいんだね」

「そうです。サンジェルマンよりもよほど話せる相手ですからね。ただまあ、私は彼にも安らげる日々があってほしいと思います。救われてほしいのです。あの人を支配する憎悪と怨恨から、あの人自身が解き放たれる日が……」


 ウンガヨは首を傾げた。

 何故、聖女が颯太そうたを気にかけるのか。

 単純に彼女が慈愛に満ちた聖職者だからというだけではないというのは、彼も感じていた。


「ねえ、僕はアッサムの兄貴分だ。だからアッサムの友人であり、アスギちゃんの恋人であるソウタくんを助けるけどさあ……」


 と言いかけたところで、聖女が目を見開く。


「恋人ォ!?」

「えっ、知らなかったの? あの、アスギちゃんってさ。旦那さんに先立たれちゃって……今はソウタくんと良い感じに……」

「は~~~~~~~~~~~!?」

「あっヤバっ」


 何も分からなかったが、ウンガヨにもそれだけは分かった。


「せんせええええええええええええええええええええええっ!」

「センセー? えっ、なに君たちどういう関係なの、いきなり叫ばれると気になっちゃうナア……?」

「ウーッ!!!!!!!! なんか他の女の影を匂わせてると思ったらぁあああ!!!!」

「やっべぇ……」


 余計なこと言っちゃったかもなあ。

 と、頬を掻くウンガヨなのであった。

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