第88話 エルフの一部知的階級は人間の権威にすり寄って甘い汁を吸っているようです
トントコトントコ。
軽快な包丁の音色が響く。
まな板の上で
胡椒と岩塩をふりかけて、肉の粘りと旨味を引き出しながら、ねっとりとした鹿肉のつみれを作り、鍋の中に入れてグツグツと煮込む。
エルフにも味噌はあるが、正直味が薄いので、
「できたー! 轢殺したシカ型
黒っぽい味噌に黒っぽい肉、緑の濃厚な山菜。見た目には野暮ったいが立ち上る暖かな湯気と鼻腔の奥をくすぐる味噌の香り、ごろっとした大きな肉団子には、見た目だけでは判断できぬ野趣のようなものがあった。
「おおー!」
「グレート! イイネイイネー」
アヤヒとウンガヨはパチパチと拍手しながら、つみれ汁の入った木の皿を受け取った。
「本当はシチューにしたかったんですが、村を焼かれた都合で牛乳も手に入らないし、そもそもここまで牛乳を運ぶのも一苦労だったのでお味噌の鍋です」
「まあ来年には牛も増えているし、きっとなんとかなるよ」
「良いねぇ! ガンバッテネ!」
などと話しながら、三人は一先ず腹を満たすことにした。
果たして、野生たっぷりの鍋の味は中々良好で、クセはあるものの食べれば食べるほど元気が湧いてきて箸が進んだ。
そうしてあっという間に鍋を食べ尽くした後だ。
「Mr.ソウタ。チョット聞いて良いかな?」
「なんですかウンガヨさん」
「君さ、今の人間が支配的なこの王国の体制をどう思っている?」
――急に切り込んできたな。
「ソウタは私たち
「うーん、ソウダネ。けどアヤヒちゃん、そういうことではないんだ。ソウタが
「俺の行動の目的、ですか」
「言うなれば君、国家の敵じゃん? 麻薬王だぜ?」
ところがウンガヨは続けて意外なことを言った。
「ボクたちは似た立場に居る」
「似ている?」
「ボクはエルフでありながら人間の王国で体制維持に貢献して社会的地位を得ている。人間でありながら人間の王国を蚕食して人間以外に富を分配する君。どちらもこの社会の敵でありながら、社会無くして生きていけない立場だ」
「そうですね。そういうことなら分かります」
――俺があまり無茶をしないように釘を刺しに来ているのか。
「俺とサンジェルマンにあった諍いは、至極個人的な揉め事です。兄弟子相手だと色々あるんですよ。それに彼は話し合いが苦手だ。だから揉めた。今後はあんな過激なやり方はしませんよ」
「グッド。ボクが怖いのはそれさ。けど、君がそう言うなら信じよう」
「立場は同じです。国が崩れて困るのはお互い様ですから」
アヤヒは
「ウンガヨおじさんは、人間に味方してるの?」
「ボクは
「やはり自治区の創設が現実的ですか」
「話が早いね」
「俺は、人間以外の種族が国を作ればいいと思っていますけどね」
ウンガヨは驚いて目を見開いた。
「そんな土地、どこにあるんだ」
「ワオ……驚いたねえ」
「ソウタ、ずっと開拓するって言ってるよね」
「できるはずなんですよ。この星の人族が力を合わせれば。それができないでいるから駄目なんだ」
「まあ仮にできたとして、だ。人間が居るコミュニティだと、結局人間が政治を握っちゃうんだよねえ」
「アヤヒのように政治や研究に適性のあるエルフだって居るでしょう。あなたがエルフの為の場所を作るっていうのは、要はそういうエルフの為の場所でしょう」
ウンガヨはカラカラと笑った。
「半分は正しい。私の
「違う半分というのは?」
ウンガヨはさみしげにため息をつく。
「人間社会と対等に付き合える
――人間は嫌いだ。偉そうなところが特に。
と、思っている
――その時はまた殺す……かもしれない。
と、思っていても、それは流石に言えない。それに根本的解決ではない。
「……そのための学校教育です。俺が生きている内は駄目でも、学校制度を人間以外にも広く普及させ、民族的に公平な政府・国家を未踏地に作る。それが人間王国の対抗馬となり、競い合う形で相互に国家の発展を継続させる」
「国を増やして戦争でもさせるつもりカイ? 今の、僕にはそう聞こえたよ」
――戦争? 戦争をさせるつもりか?
――けど、戦争になっても良いと思う自分もいるだろう?
そんな自分を否定するように、
――滅びるならば滅びてしまえ/その過程で犠牲になるのは弱いものから。
だから、まだ、そんな結果は認められない。
「本格的な戦争になったらこれまでの努力が無駄になりますからね。そんなことはしませんよ」
「安心したよ」
「ウンガヨさん、ソウタが戦争なんて始める訳ないよ!」
「そうならないように、お前にも手伝ってもらうぞ、アヤヒ」
「勿論!」
二人のやり取りを聞いてウンガヨは満足そうに頷く。
「なら良い。実現できるかは疑問だが、そのアプローチは善なるモノダネ。人間がクスリ漬けになるのは、ボクにとってはどうでも良いことダシ」
「まあ麻薬なんぞ売っていたら、こんなこと言っても説得力無いでしょうね」
「うん。それは無い。だから判断保留。保留しようと思えただけ、一緒にここまで来てみた甲斐があったよ。僕は
その時だ。
景色から色が消える。
「でも、ソウタはさ。一方的にならないなら、殺し合ってもいいと思っているよね?」
どこか他人事のように、ソウタの背後で呟く声があった。
赤い髪、白い衣、細い指先には赤く灯る煙草の火を挟み、女神はいつの間にか彼の背後に音もなく立っていた。
「何しに来た」
「殺し合わせるなんて残酷なことをするくらいなら、私が焼き払ったほうがずっと優しいのに」
「やらせねえよ」
「あらそう、じゃあ良かった。それなら私があなたに任せる意味もあるってものね」
女神は嬉しそうに手を叩く。
――ここで殺し合わせても良いなんて言ったら、何されてたんだかな。
「さっさと本題に入れよ、なんで来た」
「本当は忠告に来たのよ。
「は?」
「あいつら、勘がいいのよ。この星そのものと深く結びついているから、かしらね?」
「待て、人族は違うのか?」
「ええ、人は外来種。この星の原生生物は厳密に言えば竜だけ。竜こそが、この星の支配者ですもの」
女神はパチッとウインクした後、煙草を投げ捨てた。
「おい、待て。今の話を詳しく――」
「この会話、体感時間を圧縮する為に、あなたの脳内に直接情報を送ってるからあんまり長時間できないのよ。もうすぐ襲われるから、頑張ってね。ほら、私は人目があると手伝えないでしょう?」
そしてまた時は動き出す。
――迷っている暇は無い、か。
少なくとも女神は
「二人共、竜が来る!」
彼の信仰を、そこへ示すべく。
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