第85話 領主様に謁見して竜の危険性を報告し、竜族から力を奪う為に阿片戦争を仕掛けよう!

 大鴉ネヴァンタクシーで小王都に向かいながら、颯太そうたはアヤヒに村の状況について説明していた。


「さてアヤヒ、阿片の卸売価格についてある程度問題が解決したところでな。俺たちは別の問題に直面している」

「竜の目撃が増えているって話だよね。ホムカーちゃんたち無事だと良いなあ」


 pui!! pui!!

 モルモットによく似たホムカーたちの可愛らしい鳴き声が、颯太そうたにも聞こえたような気がした。


「あいつらは隠れ家があるからな。まあなんとかなるだろう。それよりも俺たちだ。俺たちには畑が有るから逃げられない」

「逆に追い払わなきゃいけないってことだよね」

「ああ、方法はいくつか考えているが、どんな方法であっても竜との戦いは避けられないと思っている」

「とは言っても、竜のことなんて、村の森人エルフは殆ど知らないよ。本来めったに出てこない生き物なんだもん」


 それを聞くと颯太そうたはニヤリと笑った。


「そうだよな。知らない筈だ。じゃあどうすれば良いと思う?」

「出現が増えた原因を探って、その原因に応じた対処方法を考えて、その中から一番安全で簡単になりそうなものを見つける」

「安全で簡単、良い言葉だが、それは誰にとってだ?」

「……今回はかな。だから領主様に報告して村の外の力を使おうとしているんでしょう?」


 ――よく見てるな。

 颯太そうたは頷いた。

 ――組織運営の勘所も掴み始めているか。


「ああ、それに、辺境に暮らすエルフよりも、人間の為政者のほうが竜の巻き起こす被害や奴らの生態には詳しい可能性が高い」

「調査も兼ねてるんだ!」


 聖女を通じて竜についての人間国家側の認識についても探りを入れる。それが今回の颯太そうたの狙いだった。


「そうさ。それに原因はどうあれ、起きている問題の規模的に為政者に報告しない手は無い。お前の意見も求めることもあるかもしれないから、自分なりにどうしたいか、どうすべきか、しっかり考えておくように」

「はい先生!」


 アヤヒは手を上げて嬉しそうに返事した。


     *


 青みがかった黒い髪。同じ色の瞳。そして白磁のように滑らかな肌。軍服の下からでも分かる整った体つき。聖女カレンは、良い意味で衆目を集める為に生まれたような見た目の女性だった。


「莨谷先生、また新しい女の子ですか?」


 そんな彼女が、部屋に入ってきた颯太そうたとアヤヒを見て不機嫌そうな表情を浮かべていた。

 騎士団時代の軍服を着たまま、腰に黄金剣を帯びて執務に励む姿は、文武両道の理想の執政者に見えなくもなかったのだが、もうこの台詞で何もかも台無しである。


「ははは、御冗談を。前に会わせたのも弟子だったでしょうに。この娘が今の一番弟子ですよ、領主様」

「そうですか……安心しました。それと私のことは様なんてつけずにカレンとお呼びください」

「カレンさん、一応お仕事で来ているのでそういうのはよくありませんよ」


 カレンはため息を吐いてから、アヤヒの方を見る。

 その時には既に、彼女は聖女としての神秘的な空気と領主としての威厳の二つを取り戻していた。


「さてごきげんよう。私はカレン・ロードスター。いきなり妙な勘違いをしてしまって申し訳ございませんでした。同じ師から学んだ者として仲良くしてくださいね」

「アヤヒです……よ、よろしくおねがいいたします……聖女様……!」


 アヤヒはカレンに向けてペコリと頭を下げる。アヤヒは緊張していた。この世界の宗教的な権威であり、何よりも顔が良い。顔が良い人間が放つ独特の空気感によって、アヤヒは気圧されてしまっていた。


「聖女などと言っても神の前には同じ人。必要以上にかしこまることはありません。本日はどのようなご用件でしたか?」

「アヤヒ、お前も村の代表だ。話してみろ」


 ――こういうのって、結局慣れだからな。

 アヤヒが緊張していることを察した颯太そうたは、あえて彼女からの報告を促す。


「は、はい。え、えと……ドラゴンが、村に。村の周囲で、ドラゴンが目撃されています。村だけでなく、今後このロードスター家の領内の他の地域でも発見される可能性を考え、報告に伺いました」

「素晴らしいお話です。もしかすると近くに巣穴ができたのかもしれないですね。早速討伐の為に軍を手配しましょう」

「軍を出すのですか?」

「ええ、ドラゴンは危険な災害です。森人エルフの村を拠点にして、小王都まで攻めてくることもあるでしょう。一刻も早く叩かなくてはいけません」

「それは……」


 アヤヒがその先について話し始める前に、会話を颯太そうたが引き継ぐ。

 エルフのアヤヒが村に軍人が来ることを拒否したところで、カレンは納得しないということが、颯太そうたには容易に推測できた。


「お待ち下さい。軍の準備はしていただきたいのですが、我々はその前に調査の必要があると考えております。軍の投入が長引くのは、領主様にとっても、我々の村にとっても望むところではありません」


 それを聞くと、アヤヒはホッとしたような表情を浮かべた。


「先生、相手は竜ですよ。手ぬるいことを言っている場合ではありません。徹底的に戦って人類の文明圏から遠ざけなくては……!」

「良いですか領主様、もうすぐ冬も終わります。雪中の行軍をするくらいでしたら、少人数で敵の様子を知り、春になってから確実に仕留める手立てを考える方が合理的かと」

「つまり?」

「こちらで先に調査を行いたいのです」

森人エルフの村だけに調査を任せろと言うのですか? それは領主として許可できません」


 アヤヒが何か言いたげに颯太そうたを見上げるが、颯太そうたはそれを制して、聖女の様子を伺う。


「それでは、調査は不許可だと?」

「こちらからも人を派遣しましょう。彼と共に、竜の調査にあたってください」

「彼?」


 ――さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 村による独断専行という形にならないように、領主側からも調査の人材を受け入れるのは既定路線だった。問題はその人材だ。

 ――役に立つ奴だと良いんだがな。

 しかしそこに現れたのは思わぬ人物だった。


「ウンガヨさん、彼らと共に竜族の調査をお願いします」

「オウイェー!」


 一人のダークエルフの老人が乾燥した草を詰め込んだ黄金の壺ゴールデンポットを頭の上に恭しく掲げながら入ってきた。


「ウンガヨさん!?」

「あっ、いつかのダークエルフのおじさま!」

「ヒサシブリだねフタリトモ~!」


 にぎやかに談笑する三人を見て聖女は意外そうな表情を浮かべた。


「あの、先生、ウンガヨさんをご存知で?」

「勿論、農協シンジケートの理事長の友達で大麻栽培の大家ですからね! 以前、理事長の誕生日にラーメン作りも手伝ってもらいました! ダークエルフにも関わらず国家公認の大魔道士アークウィザード、出版社社長、教育者としてマルチな活躍をしているのですが……カレンさんもお知り合いだったとは」

「カレンで良いです」

「既にドラゴンの生態調査計画は立てていたんだけど、ヒトデがタリナカッタんだよね~! タスカルヨ~! アヤヒちゃんは前よりウデ上げたかな~? 若いって良いねえ~!」

「ま、またよろしくおねがいします!」


 ――思わぬ人材が助けに来てくれたな。

 颯太そうたは安堵のため息をつく。


「しかしウンガヨさん。調査計画というのは?」

「うん! ドラゴンが来るのは地図に載っていない未踏地からダカラ! そのあたりを回ろうと思うんだ! 少し危ない旅になるけど、イイカナ?」

「よろしくおねがいします!」


 良いも悪いもない。

 そもそも、女神と話し合った被差別種族解放計画において、未踏地の開拓は必須の要素だ。その第一歩を比較的エルフ寄りの立場を持つウンガヨと共に国家事業として行うことができるならば言うこと無しである。

 颯太そうたは強くうなずき、ウンガヨと固く握手を交わした。


「コホン……ところで先生、少しお話があるので私の部屋まで」

「え? ここじゃなくて?」

「ええ、まで」


 ――え、なに? そういう流れ?

 颯太そうたが戸惑っていると、アヤヒが抗議の声をあげた。


「お、お待ちください聖女様! ソウタ……先生はこれから仕事が……!」


 ――いかん。アヤヒが下手に喋って事態がこじれると不味い!

 颯太そうたは止めるかどうか、一瞬迷った。


「ウンガヨさん、アヤヒさんにこの館の案内を。先生と私では、少々込み入った話になります」


 颯太そうたが割って入る前に、カレンは刺すような声色でアヤヒの抗議を制した。

 ――下手に抵抗すると話がこじれるか。

 場の空気が不穏にならないように意識したのか、ウンガヨは努めて明るい声を上げた。


「オーケー! アヤヒちゃん、ちょっと来てくれるカナ? ここはワタシの顔を立てると思って頼むよ!」

「え、ええ?!」


 ウンガヨは颯太そうたに一瞬だけ視線を合わせる。


『この娘のことは心配しなくていい。私が守っておく』


 ウンガヨの声が颯太そうたの脳内に響いた。

 ――国家公認の大魔道士アークウィザードだからこそ、大貴族には逆らえないか。

 ――俺がこの女についていって、その後を切り抜ければ丸く収まるなら仕方ない。

 颯太そうたは即座にアヤヒを安心させる為の笑顔を作った。


「構わない。行ってきなさい。村とは違う、都会を見る良い機会だろう」

「じゃ、村長さん。任せたヨ~!」


 ウンガヨとアヤヒが部屋を出ると、カレンは蕩けるような微笑みを浮かべながら執務室の奥の隠し扉を開けた。

 そこが彼女の部屋だった。


「二人きりですね、先生❤」


 扉はゆっくりと閉ざされた。

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