第89話 異世界不思議発見! 莨谷颯太探検隊、未踏地にて伝説の白竜に邂逅す!

「竜が来る!」


 颯太そうたが叫んだ次の瞬間、青晶獅子竜クリスタルライガーのボルボが獅子吼した。

 そこからきっかり二秒。アヤヒがどういうことか聞こうとした次の瞬間、三人の頭上に巨大な火球が落ちてきた。

 直撃した火球は炸裂し、三人の視界を真っ白に染めた。

 だが、光はすぐに止んで静かになった。そして光の代わりに、パラパラと生暖かい液体が颯太そうたたちの頭上に降り注ぎ、雪を赤く染める。


「血……?」

「竜の血だ。健康にイイヨ!」


 颯太そうたが叫び、アヤヒが戸惑っている二秒と少しの間に、その攻防は始まっていた。

 ウンガヨが魔術障壁を形成し、ボルボはそれを踏み台に跳躍、はるか上空から空爆を始めようとしたドラゴンの喉笛に牙を突き立てた後、振り落とされていた。

 そして轟々と響く凶暴な咆哮と共に、返り血を浴びたボルボが颯太そうたたちの背後に着地した。


「成程、敵が来たってこと!? 私も頑張る!」

「アヤヒちゃん、いけるかな?」


 ――俺もやらなきゃ。

 颯太そうたが思考というプロセスを挟んでいる間に、アヤヒは喋りながら身体を動かしていた。

 動作は最低限、狙いは一点、遥か彼方を飛ぶ竜の姿を森人エルフの視力で捉え、精霊エレメントたちに指示を出す。


「落ちろっ!」


 ぐにゃり、と竜の居る方向の景色が歪み、雲が消えた。

 それは空気の圧縮と歪曲によって発生した太陽光の屈折。

 異常な乱気流に巻き込まれた赤い四足竜が、失速して地面に向けて落ちていく。

 その間にウンガヨは宝石を嵌め込んだ錫杖を振りかざし、魔術の言葉を口にしていた。


「寒風は天より来たる。四方を閉ざし、凍てつき、破滅を齎せ。汝、星を吹くエーテルの風。神威よ落ちろ、我が怒りと冷徹を以て万象を打ち砕く怒涛となれ」


 時間にして三秒だ。対竜戦闘においてそれは致命的なまでの隙だったが、アヤヒの生み出した乱気流が、既に赤い四足竜の動きを封じていた。

 カァン。

 氷雪の大地に、金剛石ダイヤモンドの錫杖が突き刺さる音が高らかに響いた。


不可視ヴァニタス――隕石魔法メテオール


 ウンガヨ自身の魔力が空を揺らし、何かを遥か天上から誘おうとしていた。

 隕石魔法とは何も隕石を降らせるばかりが能ではない。

 その本質とは『天を掴む』こと。

 だから例えば発達した低気圧によって発生した積乱雲の中に含まれた巨大な雹を引きずり降ろすこともまた――可能である。


「何が……」


 颯太がつぶやいた次の瞬間。赤い四足竜は翼の後ろから魔術で火を噴射することで、無理やり空中での軌道を制御。三人とボルボに向けて猛突進を仕掛け、そして。


「落ちろ、駄竜トビトカゲ


 ウンガヨの呼び出した極低温の大気と握りこぶし程の雹をまともに浴びた。

 凍りついた傍から物理的衝撃を与えられたことで、生きたままかき氷のように砕かれた赤竜。それでも最後まで戦うことをやめずに突撃し、骨だけになり、地に落ちて、それでも残存する魔力を使って戦闘本能のままに走ったが――。

 

「させる……かっ!」


 アヤヒが羊飼い用の投石器スリングで硬質化した雪玉を射出。表面を一度溶かしてから凍らせ、また魔力を通したことで凶器と化した雪玉は、見事に赤竜の頭骨を打ち砕いた。


「やったー!」

「イェー! やるねえアヤヒちゃん! 精霊魔術の応用が上手い!」

「へへへ、ソウタから教えてもらった錬金術のお陰です!」


 颯太そうたが戦況を見計らっている間に、全ては終わってしまった。

 だが、まだ彼の戦いは終わっていなかった。


「やってくれたな、野蛮で粗暴なエルフども」


 空から大きな声が響く。野太い男の声だ。

 頭上を見上げれば三匹の竜が颯太そうたたちを取り囲むようにして円を描いて飛んでいた。


「おやおや、囲まれていたか。まいったネェ!」


 ウンガヨは楽しそうに笑っていたが、その声色には若干の動揺も混じっていた。

 ――何故だ?

 竜は本来群れない生き物だ。それが三匹。異常事態なのだ。

 颯太そうたにその実感はなかったが、ウンガヨの様子から何かが起きているのは感じ取っていた。


「ど、どうしようソウタ! もう殺しちゃったよ! 絶対あいつら襲ってくる!」

「まあ、待て」


 ――やることは変わらないけどな。

 颯太そうたは空を睨む。


「エルフども、なにか言ったらどうだ?」


 彼は空からの問に返事した。


「仕掛けてきたのはそっちだろうが。何のつもりだ!」

「ほう、話す頭があるエルフも……人間?」

「おう、人間だ! 何が悪い!」


 返事はない。代わりに、巨大な翼のはばたく音が、ゆっくりと近づいてくる。

 三匹の竜が円を描いて飛ぶその中心から、白い影が迫っていた。

 それは白い竜だった。二本の太い後ろ脚に、人間の腕にも似た二本の細い前足。

 これまでの竜とは異なる四本の爪。赤い瞳は颯太そうたすら神々しさを感じる透き通った色合いだった。


「悪くはないとも、人間がここまで来るのは珍しい。少し話をしようじゃないか。一体何をしに来たんだね」


 そんな瞳をニヤニヤ笑いで歪めながら、竜は地に降り立った。

 颯太そうたは一歩前に踏み出して、巨大な白竜を睨みつけた。


「俺の村の近くで竜がよく見られるようになった。商売の邪魔だから様子を見に来た。その答えで満足か?」

「人族が竜に対して邪魔?」

「ああ、邪魔だとも。村人が狩りに出る時にこっちまで襲われかねない」

「人間風情が大きく出たものだな。まあ確かに、このところ我々の下っ端が獲物を追って遠出をするとは聞いていた。その過程でうっかり帰らなくなるものも居ると聞いたが、それは良い」


 白竜はため息をついた。


「だがな、人族が我々竜の縄張りに許可も無く入るとは不遜がすぎるぞ」

「そうか、ここは竜の縄張りか」

「お前たちの言葉で、未踏地と言うそうだな。それはつまり、我々の縄張りであるがゆえに、入った人族がみな死んで帰ってこられないからそう呼ばれるのだ」

「……成程な。じゃあ俺たちも殺そうと?」

「いや、気が変わった。竜語を解する人間は久しぶりに見たからな」


 ――は? 竜語? なに?

 颯太そうたは訳が分からずに後ろの二人の方を見る。

 アヤヒもウンガヨも、驚いたような顔で颯太そうたを見るばかりだ。

 ――あっ。

 そう、女神が彼に与えた翻訳機能だ。白竜の言葉を理解していたのは、颯太そうただけだった。


「我々にも文化や礼儀というものがある。言葉を解さぬ人族ケモノならば殺すのみだが、お前は違う。故に勧告しよう。伏して許しを請い、一人分の贄を捧げろ。さすれば残りの者の命だけは助けてやる」

「今殺した分の借りを命で取り立てると」

「そうだ」


 ――気に食わねえな。こいつら、自分が偉いと思ってやがる。

 それは颯太そうたの最も嫌う手合であった。

 ――今すぐにでもぶち殺してやりたいが、アヤヒとウンガヨさんとボルボくんが連携しないと倒せない相手だ。

 ――女神も俺が危なくなるまでは来ない。

 ――わざわざ戦って、犠牲が出ればそれも無意味。

 颯太そうたはウンガヨに頼み事をすることにした。


「ウンガヨさん。大麻、あるかい。いつかラーメンを作る時に貰ったアムネジアヘイズだったかってやつ。あれを俺にくれ」

微睡みの煙アムニージアヘイズ? ああ、私用に持ち込んでいたが……」


 ウンガヨは小さなバッグから紙袋に入った微睡みの煙アムニージアヘイズを差し出す。

 颯太そうたはそれを受け取ると、白竜に向けて掲げた。


「この薬草はドラゴンも宇宙空間を航行する前に使っていたそうだな。何でも魔力を大いに引き出すとかなんだとか」


 白竜は嬉しそうに口元を緩めた。


「なんだそれは、随分と物が良いじゃないか。どこに生えている」

「人間の王国が生産している。俺たちを生かして帰せばもっと手に入るぜ」

「……成程な。交渉をする腹積もりか。その草は貢物として受け取ろう。その品質の薬草が安定して手に入るならば、成程、村の一つや二つは見逃してやっても良いかもしれん」

「話が早いな。感謝する」

「人族どもの荷車に一杯の大麻を……そうさな、まずは二十台分。それだけ用意できるならば、お前たちの武勇と竜語を解する知恵に免じて、今のは不幸な事故だったことにしても良い」

「二十か……」


 颯太そうたは『それだけの数が用意できるか悩むフリ』をした。


「できぬのか?」

「……用意する。代わりにこの場は引かせてもらう」

「駄目だ。人質を置いていけ」


 ――そう来るよな。

 考えていた通りの展開となった。


「じゃあ俺を連れて行け。二人は見逃せ。言葉の通じない相手を捕まえても話し合いが成り立たない。それに俺が居れば人族との通訳ができるぞ」

「なぜわざわざ人と会話などせねばならん。だが良い。自らを人質にしようという気概は気に入った。そこのエルフ共は殺す以外に楽しみが無いが、竜語を解する人間相手なら暇つぶしもできよう」

「交渉成立だな。支払いの期日と場所は?」

「一週間後、ここで会おうではないか」


 それから颯太そうたはアヤヒの方を見て、すまんなと漏らす。


「質の良い大麻を荷車二十台分寄越せだとさ。来週、ここで受け渡しだ。それまで俺はあいつらのところに行くから、しっかり用意しておいてくれよ?」

「ソウタ!?」

「オーケー、ソウタ。用意できない量じゃない。持ってきた時、無事に帰る勝算は?」

「ある」

「じゃあ信じよう」

「アヤヒを頼みます」


 ウンガヨはニッと笑う。


「それはこちらのセリフだ。アヤヒちゃんは僕の友達の孫で、君の村の子どもなんだからさ」


 それから彼は有無を言わせずにアヤヒを肩で担ぐと、青晶獅子竜クリスタルライガーにまたがって、雪原の彼方へと駆け出していった。

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