第80話 異世界モルモット車vsドラゴン~TRANS-PUI!~②
本気を出したホムカーは早かった。
モルモット型であるゆえの柔軟なコーナリング性能と、ホムンクルス故の肉体限界を超越した加速。そしてドライバーたる
そして正面から迫りくるドラゴンの牙を避け、背中に乗ったのだ。
「もう一度飛べっ!」
「pui!」
ドラゴンの上で、ホムカーはもう一度跳躍。
「ドラゴンが……落ちた!?」
悲鳴にも似た木々の折れる音。竜が落ちた。二度も落ちた。女神は信じられないという感情たっぷりの悲鳴を上げた。
「レン……お前が笑ったモルモットの可能性……見せてやる!」
「あたしが笑ったのは愚かなエルフだけよ?」
「そうだな! さあ次だホムカー!」
「まあ……ソウタが楽しそうだから良いわ」
「puipuipuipuipuipui!!」
ぽよん、ともっちりした身体で木々の上を駆け回るホムカー。
勇ましい鳴き声を上げながら木から木へと飛び移りつつ、墜落したドラゴンへと接近する。
ドラゴンとて黙ってばかりではない。
サンジェルマン伯爵の操る核熱に匹敵する超高温の
「puiiiiiiiiiiiieeeeeeeeeeed!!」
ホムカーは一際高く鳴いた。
その瞬間、ドラゴンがわずかに火炎を漏らした口元から、大爆発が巻き起こった。
「なに!? 今度はなに!? ソウタ! ホムカーにこんな能力無いわよね?!」
「今のは俺がやった」
「は?」
「お前から貰った
「それできるなら倒せるんじゃないの?」
「さっきからドラゴンの体内にアルコールとか入れ続けているんだけど効きが悪いんだよ。サンジェルマンとの戦いで毒は使い尽くしちゃったし」
二人がああでもないこうでもないと話している間に、ホムカーはドラゴンの首元を狙って接近。固く大きく成長した霊木を切り倒す為の前歯で、喉笛に一太刀を入れた。
想像だにしなかった
その間に加速を生かして一気に距離をとり、ホムカーは茂みを盾にしながらドラゴンの隙を伺う。
「pui!?」
「ああ、悪かった。今、うちの女神様に状況を説明していてな」
「pui!! pui!!」
「決定打に欠ける。そうだな、俺も正直どうすればいいか分からない」
「puiiiiii!?」
「無責任とか言うなよ、ほら、こういうのは勢いだ」
ドラゴンは首から血を流しながらも再び立ち上がり、四本の足で地面を蹴る。空中へと舞い上がって滑るようにして、ホムカーの背後へと迫ってきた。
「puiiiiiiii! pu,puiiiiiii!!!!!!」
「心配するな。こういうのはな、気合で負けた方の負けなんだ」
ホムカーは怖くてちょっと泣いていた。
勢いで天敵のドラゴン相手に刃向かってしまったが、思ったよりもノープランノーフューチャーな自分の身の上に泣いていた。
まあ冷静に考えてみれば分かることなのだが、鋼よりも頑丈な鱗と大概の負傷を一瞬で修復する自己治癒能力を持ち、速度が乗れば音速を突破して飛行できるのがドラゴンだ。野生化したモルモット型ホムンクルス車両一匹で勝てる訳がない。
「puiiii……」
「仲間の為に死ぬならって、諦めたか? でもな、それには少し早いぜ」
「pui?」
「生きて帰りたくないか? こんなところで終われないって思わないか? 俺はそう思ってるぞ。お前だって、我が者顔で空を飛び、お前の仲間を殺して回る化け物に負けっぱなしじゃ嫌だ……そう思って俺と来た。違うか?」
「……pui!!」
「だったらいい。まずは奴をひきつけて走れ。村の近くまで行けば、俺の仲間が待っている。逆転はこれからだ!」
「spuieeed!!」
そんな時だ。
ビコン。
奇妙な音と共にホムカーのカーナビ画面が切り替わり、先日謀反の罪で王国に処刑されたばかりの大貴族サンジェルマンの姿が映る。
ガウン姿でモルモット型のホムンクルスに座り、ブランデーを傾け、なにやら不機嫌そうな表情だ。
『このメッセージが流れているということは、どうやら未来は僕の思う通りにはならなかったようだ』
「サンジェルマン伯爵……!?」
「先に言っておくけどあたし知らないわよ?」
「System trapui?」
『人類は未だ愚かで、戦いを好み、世界を破滅に導こうとしている』
――そうだね。
『だが、僕はまだ人類を信じ、力を託してみようと思う。この星には、まだモル……ごほん、ホムカーを愛し、共に闘おうとする人類が居る。人類は変われる。まだ可能性がある。ならば人類は変わらなければいけないのだから』
刹那、ホムカーが加速した。
ドラゴンをはるか後方に置いて、瞬く間に村の近くまで彼等は移動する。
全天周囲モニターを通じて
ホムカーの後部から噴出する真紅の粒子を。
『ホムカーと共に生きる人類よ。君たちが僕の遺志を継ぐものかは分からない。だが、ホムカーは君を選んだ。僕は君たちにホムカーの全ての力を託したいと思う。君たちの願いが世界平和の実現かどうかは分からない。だがそうあって欲しいと思う。王国の為ではなく、竜の一族の為でもなく、君たちの意思で、君とホムカーの為に』
カーステレオから賛美歌のような歌が流れ始める。
「なんだこいつは!? なにをしたサンジェルマン!?」
『僕はこれを、ナイトロエンジンと名付けた。窒素酸素混合気体を使用したナイトロエンジンを、僕が魔術的・錬金術的に安定させホムカーに実装したことで、ホムカーの出力は通常の三倍。瞬間的になら竜に匹敵する力が手に入る』
「あいつ何やってんの!?」
「知らないわよ!?」
「女神、おまえの元相棒だろうが!」
「けどあたしだって知らないわよぉ! アイツ頭おかしい!」
『君たちの、健闘を祈る』
サンジェルマンはカーナビの画面から消えた。
そしてその刹那、
――こいつ、何かやる気だ。
「PUI!」
「ホムカー! 無茶はするなよ!」
「TRANS-PUI!」
ホムカーは更に加速! 周囲の風景は歪み、ドラゴンの顔面は更に大きく迫る!
「するなよぉお!?」
「アハハハ! ドラゴンに正面から突っ込んでる!」
「ああああああああああああああ! やだあああああああ! 死にたくな゛っ――」
ゴッ、と嫌な音が鳴った。
ホムカーは一条の流星となり、ドラゴンの顔面に正面から衝突。
ホムカー内部のホムバッグにより毛皮のもふもふで
「レ、レン……たすけ……」
「はい助けるわよ~」
気絶しかけた上に脳震盪を起こした
「Puiyeeeaaahhhh!!!!」
気づけば、ホムカーは首を吹き飛ばされたドラゴンの周囲でドリフト走行をしながら、勝利の雄叫びを上げていた。
「……なに?」
「さあ?」
二人は顔を見合わせて首をかしげる。
「puiyeeeaaahhhh!!!!」
「ただ一つだけ言えるとすれば、俺たちはとんでもない化け物を起こしてしまったのかもしれない」
「ソウタ」
「うん」
「あんたの責任よ」
「……そうだな」
ゴンッとホムカーの天井に何かがぶつかった。
それは丁度さきほどホムカーが吹き飛ばしたドラゴンの生首だった。
「pui!! pui!!」
ホムカーは空に向けて中指を突きつけるようにウイリーを始める。
よく見ればその先のはるか遠くで様子を伺うように飛んでいた別のドラゴンも居た。
「よし、帰ろうか、ホムカー」
「pui~!」
ホムカーは背中にドラゴンの生首を乗せ、エルフの村へと凱旋を始めた。
――あのドラゴンにも家族が居たのかも知れないな。
カーステレオから流れる愛の歌が少しだけ切なかった。
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