第68話 エルフの村にモンスター牧場ができたので、エルフ弓騎兵の訓練と近代化を進めよう!

 サンジェルマン逮捕のニュースが村に届いてから一週間が経った。

 颯太そうたとマリエルは珍しく二人きりで朝からでかけていた。


「今回はお騒がせいたしました。各方面への影響を鑑みて、裏から手を回し、公的にはサンジェルマン伯爵は逮捕の後に処刑という扱いになるかと思われます」


 人気の無いところで、颯太そうたはマリエルに頭を下げた。

 マリエルはそんな颯太そうたの肩を叩くとカラカラと笑った。


村長ボーイ、あんたが頭下げなくていいのよ。敵は伯爵で、あんたは最善を尽くした。村は無事、死人も居ない。あんたも信用できると分かった」

「信用、ですか」

「そうさ。伯爵を殺すなんて言い出す相手の村に、商売道具の大鴉ネヴァンの牧場を作って良いか。あたしも結構悩んでたんだぜぇ?」


 サンジェルマンが倒れた後、大鴉ネヴァンの牧場の建設は速やかに進んだ。

 ――暗殺計画を通じて、俺が信用できるかどうか値踏みしていた訳だ。


「ですが、実際伯爵は敵で、それを撃破した以上、我々に賭けて良いと思えるようになった……と?」

「そゆこと」


 マリエルは優しい顔で微笑んだ。

 ――こんな顔するんだな、婆ちゃん。

 少しだけ意外な思いはあったが、颯太そうたはそれが嬉しかった。


「今後、俺は遊人ハーフリングの居場所も作りたい。力を貸してください」

「ギブ&テイクってやつだろう? こちらこそ頼むよ、


 ――あ、ボーイ扱い脱却したっぽいぞ。

 などと颯太そうたがのんきに喜んでいたその時だ。


「た、助けて~~~~~!」


 ものすごい勢いでエルフを乗せた大鴉ネヴァンが、朝焼けの空の中へと飛んでいった。


「は? あ……あれは?」


 颯太そうたはマリエルの方を見た。


「あんたのところの村人だろ。乗り方は教えたがまだ大鴉ネヴァンに乗るのは無茶だと思ったんだけどねえ」


 マリエルは肩をすくめた。

 颯太そうたの額に嫌な汗が流れる。


「ま、まさか、うちの村人が……!」


 大鴉ネヴァンを盗んだのですか、と言いかけた瞬間だ。牧場の入口から遊人ハーフリングの女性が飛び出してきた。


「マリー叔母様! ちょっと追いかけてくるんで大鴉ネヴァンたち見ててください! あっ、どうも村長お初ですよろです~! 大鴉ネヴァンがお世話になってま~す! それじゃ! わぁ~待ちなさいよあんたたち~! またあたしが怒られるじゃないのよ! ちゃんと乗りこなせ~!」


 颯太そうたが何かを言う前に焦げ茶色の髪の遊人ハーフリングは走り去っていってしまった。


「……いまのは?」

「従妹の孫。ちょっと市街地上空を大鴉ネヴァンで飛んで逮捕されそうになってたから匿ってるのよ。今はエルフたちに大鴉ネヴァンの乗り方を教えてるわ」

「成程……この村は異種族に寛容ですし……技術指導員として歓迎いたします」

「悪い子じゃないが……あとは口の聞き方さえなんとかなりゃあねえ」


 珍しく、マリエルは普通のおばあちゃんのようなことを言っていた。


     *


 それから、二人は雑木林もとい牧場の奥へと進んだ。

 雑木林の片隅に、藁や枯れ枝、使わなくなって焚付にでもするしかないボロ布などを集めた大鴉ネヴァンの巣がポツポツと作られていた。巣の中では若い大鴉ネヴァンがぐっすりと眠っている。


「カラス運送が前から所有していた牧場だと、親離れしたばかりの若い鳥には手狭でね。新しい環境にも慣れやすいかなと思って連れてきたのよ。そしたら三日と経たずにこの馴染みっぷり」

「良い環境だったのでしょうか?」

「想像してたより過酷だったわね。餌はまだ十分に手に入らないし、村の家畜を盗み食いしようとしてアヤヒちゃんみたいに家畜の世話に熱心なエルフたちにボコボコにされていたし、周囲だって他の幻獣モンスターがウヨウヨしてるし」

「過酷すぎでは?」


 マリエルは首を左右に振る。


。何をしちゃ不味いのか、誰が敵で誰が味方か、どうやって生きていけば良いのか、エルフたちとの生活で学ぶ機会が沢山ある。しかも腹いっぱい飯を食う為には野生の幻獣を狩る必要がある。けど身体を壊しても最低限飯は食える。そんな環境で社会生活、戦闘訓練、全部いっぺんに教え込めるんだ」

「ネヴァンの学校ですか」

「学校! ハハッ、面白い事言うねえ。本当に元教師みたいじゃないか」


 マリエルはカラカラと笑っていたが、颯太そうたは至って真剣だ。

 ――元の世界で言えば北海道の競走馬の放牧地に似ているな。

 ――あれも広い土地で全力疾走したり、野生動物エゾシカとバトルしたり、寒空の下で暮らしたりして、鍛えられるって聞くし。


「真剣ですよ。これはとても素晴らしいことだと思います」

「只の牧場じゃないかい」

「彼らは仕事をする訓練を受けて、社会に出ます。上手くすればこの村のエルフと一緒に運び屋をやるかもしれません。人でも同じことができれば良いんですが……」

「人で? 人と幻獣モンスターを一緒にできるわけないだろ」


 マリエルはまた笑う。

 だが颯太そうたは真剣そのものの表情だった。


「いえ、王都や小王都のスラムには、ここの大鴉ネヴァンよりも酷い暮らしをしている子供が居ます。俺はそれが許せません。あの子らが何をしたっていうんですか」


 ――腹立たしい。

 もうそれが我慢できなくて仕方ない。なにもできない己の無力も含めて、颯太そうたにはとにかく許しがたい。

 ――俺にはスラムの子供たちに、家畜並みの環境すら用意することができない。


「麻薬の密売業者がそれを言うかね?」

「言いますよ。言わなきゃいけないんですよ。麻薬だけに頼る現状を変えなくてはいけない。麻薬だって、あれは人を癒やす薬になるんだ。今みたいな使い方だけじゃない。誰も分かってない。


 颯太そうたは腹が立っていた。何もかも苛立たしかった。そして自分でも知らない内に拳を強く握りしめていた。


「……変な人間ヒューマンだねぇ。まあ何を考えててもうちの会社に土地を提供してくれる分には文句は言わないよ。けど、大鴉ネヴァンの巣で興奮するのはやめておきな」

「え?」


 颯太そうたが周囲を見回すと、大鴉ネヴァンたちが颯太そうたの方を狙うような目つきで見ていることに気がついた。


「この子たちも血の気が多いからねえ」


 大鴉ネヴァンは緊張した様子で嘴を鳴らし、颯太そうたはサーッと青ざめた。


「ウ、ウス……気をつけます」

「今更ビビるんじゃないよ。シャンとおしよ」

「ウス……!」

「じゃ、中の様子も見終わったし、外出るか。行くよ! 朝から大鴉ネヴァンを刺激したら悪いからね」


 と、二人が牧場から出ようとした時だ。


「おい村長! 朝早くから悪いが客人だ! ちょっと離れた村の長だ。お前と会って話したいんだとよ。農協シンジケート絡みだ!」


 牧場の入口からアッサムの声がした。

 ――農協シンジケート

 アッサムこそが農協シンジケートの理事長だ。

 ――なのに他のエルフの村から俺に会いに来た。農協シンジケートの話をする為に。アッサムが俺こそ本当の代表だと教えたってことか? 

 颯太そうたは不安げな表情を浮かべ、首をかしげる。


「行ってきな。あたしゃここで大鴉ネヴァン見てるから。あの悪戯小僧アッサムのことだ。何か考えがあるんだろうさ。」

「……ええ」

「ビビるこたないよ。ドーンと構えな、組織を背負うってことはね。チャレンジされる側に回るってことさ。気を張り詰めるだけが戦いじゃないよ」

「……はい、ありがとうございます」


 やはり奇妙だと首を捻りながら、颯太そうたは牧場の入口の方へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る