第67話 聖女のことなんて先生は知らないので落ち着いて状況を整理するぞ!

 サンジェルマンの襲撃があった日の夕方。特に負傷の激しかったアスギの看病を終えた後、村長として与えられた執務室で颯太そうたは女神と二人きりになっていた。


「……と、言うわけで。私の用意した作戦と、私が呼んだ転生者の力でサンジェルマンは死んだわ。社会的にね。良くて軟禁、悪ければ冷凍刑、下手すると死刑。まあ、裁判で有罪になった貴族なんてどこかで暗殺されるのが相場だけど。まあもう転生者の聖女様が普通にぶっ殺しちゃってるかもしれないわね。ざまあわよ」

「本当に死ぬ前に助けるよ。勿体ないだろ。いやまあ死んだら嬉しいが」


 ――アスギさんの部屋に戻りたいな。

 颯太そうたは煙草の煙を吸ってぼんやり上の空である。

 不機嫌そうな女神に頬をつつかれて、颯太そうたは注意力を取り戻した。


「気になってたんだけど……殺されかけた癖にそんなこと言う訳?」

「殺されかけた恨みはあるが、サンジェルマンを殺すのは不味い。あれだけ強い奴が死ぬと何が起きるか予想できないんだよな。俺も王都の情勢なんて知らんし」

「王都の情勢……そこは、そうね。私も分からない。聖女様も100%私の指示を聞いてくれるとは限らないしね。あくまで善意の協力者だから」


 それを聞くと、颯太そうたは口から煙を吐き出した。

 ――女神の計画も大概ガバガバだったみたいだな。

 ――サンジェルマンに察知されないようにあえて別行動をしたけど、危ない橋だったのは間違いない。

 颯太そうたの物憂げな横顔を、女神はまたつつく。


「なんだよ」

「あなたは頑張りました」

「ギャンブルだよ。こんなの。まぐれ当たりだ」


 颯太の言葉を否定しようと、女神は首を左右に振った。


「あたしによる逮捕計画とあんたによる暗殺計画、別々に進んでいた計画がほぼ同時に動いたからこそサンジェルマンを落とせたの。それ以前にソウタが辺境伯を殺してなければ聖女様が精髄吸収の魔剣を手にすることもなかった。あんたが選んであんたが積み重ねてきた一手一手が、今回の事件に関わった全員の想定外から、あいつを詰みまで持っていった。あんたはすごい。胸を張りなさい」


 ――全員の想定外ね。

 確かに、サンジェルマンを嵌める為に、颯太そうたは自分すら制御できない要素を作戦の中に意図的に導入していた。

 ――言いたいことは分かるが、こんな危ない橋、二度と渡りたくないぜ。

 颯太そうたは自分の知らなかった要素について潰していくことにした。


「その聖女様が転生者だってことにはビックリしたけどな。転生者と転移者、ってのは気づかなかったわ」

「転生者は人格や記憶のデータだけしか送れないから安上がりなのよね。あなたの『耐毒』やサンジェルマンの『不老』みたいなトンデモ女神能力パワーは無いけれども優秀よ。神官だから治療魔法も得意だし、為政者としての心得も学んでいるし、から私の本体が搭載していた魔剣も扱えるし」


 颯太そうたはまた溜息をついた。


「おっかねえなあ」

「そのおっかねえ聖女様ね、次の領主として辺境伯領に送り込まれるんですって。あの辺境伯の親戚だし、まあ順当よね」


 颯太そうたは更に渋い表情になった。


「俺、恨まれてるよなあ……?」

「……ま、そのことについては話し合ってみなさいよ。少なくともあの子はそんなに恨んでないから」

「お前の恨んでないとか信用できるとかは、あんまり頼りにならねえ。そいつの情報もよこしてくれよ」

「それは駄目って言われてるの。そういう契約だから。直接会って話したいんですって。けどまあ……そうね、私はあなたの味方よ。あなたの味方をしてくれるような子を探して転生させたし」


 女神は無邪気に微笑んだ。


「……それは、信じる。お前を疑うようになったら俺も終わりだしな」


 ――信じるが、聖女への反撃の札としてサンジェルマンの身柄は無力化の上で確実に保護する必要がある。その聖女様は信用できない。

 颯太そうたは迷う心を煙ごと吐き出して立ち上がった。


「お前の言うことは信じるから、サンジェルマンの保護だけは頼む。あいつの頭脳だけはなんとしても欲しい」

「考えてみればそれ、ありがたいお願いね」

「ありがたい?」


 女神は微笑む。


「一度は一緒に冒険した相手を見殺しにしたら、ソウタが私を信用しなくなるでしょう? けど、あたし個人としては、ここまで生意気な真似してくれやがったサンジェルマンの助命とかしたくないのよね」


 女神の持って回った言い回しの意図を、颯太はすぐに察した。


「お前のか」

「颯太の前では猫被りたいって乙女ゴコロも満足ね」


 ――こいつ、なにを?

 颯太そうたは聞かなかったことにした。


「……まあ奴には死ぬほど仕事押し付けてチャラにしてやろう。無力化の方法はあるんだろう?」

「ええ、手配済み。私とサンジェルマンの契約は『相互の攻撃は無効』であって、救出や治療の為の行為は制限してないのよねえ。あいつがひどい目に遭った後ならやりたい放題!」

「よし、それはお前に任せた。俺は俺の仕事に戻る」

「頑張ってね、


 カジノ、家畜、鉱山、周辺農村との交渉。

 やらねばならないことは山積みで、個人の感傷に浸っている暇などない。

 そんな颯太そうたには、聖女カレンが、個人の感傷だけで世界を一つ越え、彼の味方をする為に追いかけてきたなんて、想像もできなかった。


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