第64話 悪徳貴族の生首を飛ばそう!

「フィル、彼女を頼む」

「イエス、マスター。すぐ戻ります」


 颯太そうたは女神の助けによって救出したアスギをフィルに任せ、サンジェルマンと対峙した。


「随分と早いお帰りで」

「お前が遊んでたんだろうが」


 ――お陰で助かった。

 とは言わない。

 ――なにせ、お前を殺す算段が整ったしな。

 ここで、きめる。


「今のは毒ですか? あなた、お得意だそうで」

「アルコールだよ、伯爵。あんたも好きだろう?」

「嫌いですねえ。女神の権能スキルに由来するせいか、あなたの酒はやけに残る。これじゃあ僕の脳内の賢者の石コアパーツも機能が鈍ってしまいます」


 ――最初に女神が俺に教えた『伯爵の弱点』か。

 ――あえて教えてるのは舐めているのか、それとも『俺が知っているかどうか』の確認か。

 颯太そうたはしらばっくれて攻撃を続けることを選んだ。


「じゃあこれは気に入ってもらえるか?」


 颯太そうたが右手を軽く上げると、サンジェルマンの周囲に突如として竜巻が発生した。

 エタノール、モルヒネ、レミフェンタニル、カルフェンタニル、それに試験的に合成を終えていた最悪の薬物“ヘロイン”。

 ――耐久試験だ。『不老』による処理や拒絶の限界値を見極める。

 ――そして、サンジェルマンを仕留める“部隊”の展開を待つ。


「これは――」


 白濁した煙が渦を巻き、猛毒の檻は、囚人を呑む。

 サンジェルマンにも猛毒の嵐の中に自らが巻き込まれたことは即座に理解できた。だからといって抵抗はできない。既に平衡感覚も思考速度も奪われている。颯太は、そうなると分かって仕掛けていた。


「経口、経皮、そして視認に伴う体内への薬物投入」


 抵抗が無いと見て、颯太そうたは呟く。

 ――あいつら、まだか。まだ展開は終わらねえのか。

 ――アスギさんの救援を遅らせてまで情報共有したんだぞ、クソジジイども。

 焦っていた。焦っている自分を抑え込む為に、余裕ぶって呟いてみせた。


「えっぐいわねえソウタ!」

「油断するな、まだ動けなくなってるだけだ」


 飛沫が目に入らないように、腕で顔を守りながら、颯太そうたは呟く。

 十秒、二十秒、三十秒。

 劇毒の嵐はサンジェルマンを包んだまま吹き荒れ続ける。

 四十秒、五十秒、六十秒。

 ――耐性があったとしても、女神の力はその耐性の上から毒を通すだけの力を与えてくれる。

 颯太そうたはほんの少しだけ祈っていた。これで終わることを。

 知っていた。祈りが通じないことを。

 

「そ、ソウタ? もう良いんじゃない? 死んでるでしょこれ?」

「今使っている薬は、俺の世界でも化学兵器として使用されている。三秒の曝露で三時間の昏睡を確約し、しばしば呼吸不全による死亡事故も発生させる麻薬ガスだ」

「なら……いけるんじゃない? 女神パワーで不老の防御だって破れてる筈よ?」


 颯太そうたは首を左右に振る。

 ――人間を舐めるな。

 本当なら、女神にはそう言いたいくらいだった。


「まだ昏倒に必要な吸引時間のだ。二十倍で、サンジェルマンの積み重ねてきた時間を敗れるとは思えない。まだ、まだ、ま――」

「今のは――焦りましたよっ!」


 その時だ。サンジェルマンの声が頭上から響いた。

 ――毒の解析分解は60秒か、調合次第ではまた60秒稼げるな。

 すべて読んでいた颯太そうたは女神に指示を出す。


「レン!」


 サンジェルマンの右手から展開する魔力エーテリウムを含有した水銀の刃が、その呼びかけより早く振り下ろされる。颯太そうたには反応できない速度だ。


「分かってるわよ!」


 女神には見える攻撃だ。黄金の剣に魔力エーテリウムを束帯させ、同じタイミングで打ち返す。

 弾き飛ばされたサンジェルマンは、二人から少し離れた場所に着地した。


権能スキルと女神にしか頼れないようでは先が思いやられますね」

「凡人の俺には、人頼みだけが俺の特技でね。先が思いやられるのはお前だよ。あんた、俺の十倍も百倍も長生きするんだろ? この先、どれだけ恨まれるつもりだ」

「人生なんてそんなもんですよ。生きてられるだけ生きてれば良い」

「だったら折角の不意打ちの時に大声出すのはやめとけよ。不意打ちってのはさ」


 その時、颯太の視界の隅、はるか遠くにある風車小屋の傍から狼煙が上がる。

 ――今なら、いける。

 パチリ、颯太そうたは指を鳴らした。


「こうやるんだぜ」


 次の瞬間、大気がサンジェルマンの衣服の下に潜り込み、彼を地面へと引き倒した。


「うぶっ!?」


 300m先で待機しているアッサムによるだ。エルフの投げ技は射程が長い。

 ――毒物による影響が残っている間に、アッサムさんによる奇襲。一度倒した相手と似た技が遥かに高い精度ですぐに襲ってくるとは予想しづらい筈だ。


「事前打ち合わせ通り気流操作を開始してください」


 サンジェルマンが咄嗟に起き上がった瞬間、超高度の空中から急降下した大鴉ネヴァンが大量の小麦粉を爆弾のように叩きつけた。

 颯太そうたは火の点いた煙草を放り投げた。


「条件さえ十分にレクチャーしていれば」


 次の瞬間、サンジェルマンの周囲だけが真紅の火球で包まれる。

 轟音。精霊魔法を応用することで、空気の圧縮と着火方向の調整が巻き起こす。火球の内部は高熱と高圧で生命の存在を許さない地獄となっていた。

 封じきれなかった熱と風が颯太そうたの頬をわずかに撫でる。ここまでは指示した通りだ。


「精霊魔法の応用では整う」


 颯太そうたがそうつぶやいた直後。


【指令:エーテリウムの熱吸収による火球の生成と射出】


 サンジェルマンの澄んだ声が刹那のうちに響き、大気を揺らす。それと同時に、周囲の気温が一気に低下する。爆炎の煙が晴れた。火球で押しつぶされたせいか、衣服の端が焦げ、防御に使った腕がへし折れたサンジェルマンの姿が見えた。


「莨谷先生。その、いただきましたよ」


 彼の周囲で火球が無数に発生し、四方八方へと放たれた。

 粉塵入の袋を投擲した大鴉ネヴァンは一気に空中へと上昇し回避。

 最初から隠れていたアッサムは戦場に姿を見せることなく退避。

 指揮官たる颯太そうたは女神の背中に隠れる形で防御に成功した。


「さて」


 颯太そうたはもう一度指を鳴らす。

 彼自身は毒が効かないだけのただの人間だが防御を考えていない。

 その姿を、彼の下につく全ての者に焼き付ける為に。


「焼き払え!」

「イエスマスター!」

 

 続いて、戦場に戻ってきたフィルが目から溶断光線レーザーを放ち、衣服の下に露出したサンジェルマンの表皮を狙って加熱する。


「アハハハ! フィル零号! その兵器は対策済ですよ!」


 サンジェルマンの表皮の下の液体金属が沸騰し、霧状に変化した。溶断光線レーザーを乱反射させ減衰させる防具チャフだ。

 ――いける。

 颯太そうた


《メッセージ:『吸毒』が発動しました。周辺大気中に含まれた無機水銀を毒と判定し吸収します》


 水銀の霧が一瞬で消えた。

 大気中に漂う水銀の霧、その源であるサンジェルマンの体内の水銀すらも。

 一瞬で颯太そうたが吸い込んでしまった。


「んんんんっ!?」


 それでも、だ。『不老』による肉体時間の巻き戻しと魔力エーテリウム操作による防壁で、フィルの溶断光線レーザーをサンジェルマンは凌ぎ切った。


「すいませんマスター! 退避します!」

「許可! 生存を命令する!」


 サンジェルマンが虚空から長剣を抜き放ち、颯太そうた目掛けて迫ってくる。

 颯太そうたは防御しない。

 指導者カリスマは、背中を預けるものだ。


「させるわけ無いでしょ。サンジェルマン」


 そして、他ならぬ女神が立ちはだかる。


「ええ、存じております」


 サンジェルマンは女神の眼前まで迫り、消えた。

 遠歩の宝玉テレポートジュエルだ。

 出現したのは莨谷たばこだに颯太そうたの背後。

 走る先には莨谷たばこだに颯太そうたの背中。



 それは魔術の理合により埒外の太刀筋で放たれるだ。



 まず、空間転移により敵の背後へ移動。そして空間転移のついでに、疾駆する方向のみを180°転換させることで速度を保持したまま、予想外の方向から無減速の一刀を叩き込む。


「先生、お命頂戴します」


 その名を、魔剣『変幻抜刀・霞バックスタブ』。


「いえ」


 しかし。


「それは」


 魔剣の担い手が。


「いけません」


 彼一人とは限らない。

 刺突一閃。サンジェルマンの手にある名剣とは比ぶべくもない数打ちの短剣ダガーナイフが、サンジェルマンの喉元にいつの間にか突き刺さっていた。


「ガッ……ア!?」


 数打ちディスポーザブル、とはいえだ。

 ドワーフによって鍛造され、風と氷の精霊を封入された霊銀ミスリルの鋭い刃が、深々と刺さった。

 爆縮により伯爵の身に纏う防護繊維衣服を焼き、『吸毒』で皮下金属装甲を奪い、突撃の速度を利用したクロスカウンターで喉笛という急所を狙って、それでやっと、初めて。不老の男から、余裕の笑みが消え落ちる。


「子、ゴ、ォ……!?」


 声の代わりに、血の泡がこぼれ落ちる。


「お命、頂戴


 サンジェルマンの喉の中で、ナイフから極低温の二酸化炭素ガスが噴射される。ドワーフの職人が扱う魔術によって圧縮されていたもの、尋常な量ではない。爆発による脳震盪、同時に発生する極低温による凍結。その二つが合わさることで、不老による治癒とサンジェルマンの脳内にある賢者の石コアパーツを同時に阻害する会心の一撃クリティカルヒットだ。


「……よくやった、ヌイ」


 颯太そうたは見事に仕事をしおおせたヌイに声をかける。

 背後は振り返らない。

 最初から


「本当に、よくやった」


 ボン、と音が鳴ってサンジェルマンの首が高々と宙へ舞い上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る