第64話 悪徳貴族の生首を飛ばそう!
「フィル、彼女を頼む」
「イエス、マスター。すぐ戻ります」
「随分と早いお帰りで」
「お前が遊んでたんだろうが」
――お陰で助かった。
とは言わない。
――なにせ、お前を殺す算段が整ったしな。
ここで、きめる。
「今のは毒ですか? あなた、お得意だそうで」
「アルコールだよ、伯爵。あんたも好きだろう?」
「嫌いですねえ。女神の
――最初に女神が俺に教えた『伯爵の弱点』か。
――あえて教えてるのは舐めているのか、それとも『俺が知っているかどうか』の確認か。
「じゃあこれは気に入ってもらえるか?」
エタノール、モルヒネ、レミフェンタニル、カルフェンタニル、それに試験的に合成を終えていた最悪の薬物“ヘロイン”。
――耐久試験だ。『不老』による処理や拒絶の限界値を見極める。
――そして、サンジェルマンを仕留める“部隊”の展開を待つ。
「これは――」
白濁した煙が渦を巻き、猛毒の檻は、囚人を呑む。
サンジェルマンにも猛毒の嵐の中に自らが巻き込まれたことは即座に理解できた。だからといって抵抗はできない。既に平衡感覚も思考速度も奪われている。颯太は、そうなると分かって仕掛けていた。
「経口、経皮、そして視認に伴う体内への薬物投入」
抵抗が無いと見て、
――あいつら、まだか。まだ展開は終わらねえのか。
――アスギさんの救援を遅らせてまで情報共有したんだぞ、クソジジイども。
焦っていた。焦っている自分を抑え込む為に、余裕ぶって呟いてみせた。
「えっぐいわねえソウタ!」
「油断するな、まだ動けなくなってるだけだ」
飛沫が目に入らないように、腕で顔を守りながら、
十秒、二十秒、三十秒。
劇毒の嵐はサンジェルマンを包んだまま吹き荒れ続ける。
四十秒、五十秒、六十秒。
――耐性があったとしても、女神の力はその耐性の上から毒を通すだけの力を与えてくれる。
知っていた。祈りが通じないことを。
「そ、ソウタ? もう良いんじゃない? 死んでるでしょこれ?」
「今使っている薬は、俺の世界でも化学兵器として使用されている。三秒の曝露で三時間の昏睡を確約し、しばしば呼吸不全による死亡事故も発生させる麻薬ガスだ」
「なら……いけるんじゃない? 女神パワーで不老の防御だって破れてる筈よ?」
――人間を舐めるな。
本当なら、女神にはそう言いたいくらいだった。
「まだ昏倒に必要な吸引時間のたった二十倍だ。二十倍で、サンジェルマンの積み重ねてきた時間を敗れるとは思えない。まだ、まだ、ま――」
「今のは――焦りましたよっ!」
その時だ。サンジェルマンの声が頭上から響いた。
――毒の解析分解は60秒か、調合次第ではまた60秒稼げるな。
すべて読んでいた
「レン!」
サンジェルマンの右手から展開する
「分かってるわよ!」
女神には見える攻撃だ。黄金の剣に
弾き飛ばされたサンジェルマンは、二人から少し離れた場所に着地した。
「
「凡人の俺には、人頼みだけが俺の特技でね。先が思いやられるのはお前だよ。あんた、俺の十倍も百倍も長生きするんだろ? この先、どれだけ恨まれるつもりだ」
「人生なんてそんなもんですよ。生きてられるだけ生きてれば良い」
「だったら折角の不意打ちの時に大声出すのはやめとけよ。不意打ちってのはさ」
その時、颯太の視界の隅、はるか遠くにある風車小屋の傍から狼煙が上がる。
――今なら、いける。
パチリ、
「こうやるんだぜ」
次の瞬間、大気がサンジェルマンの衣服の下に潜り込み、彼を地面へと引き倒した。
「うぶっ!?」
300m先で待機しているアッサムによるエルフ空手の狙撃だ。エルフの投げ技は射程が長い。
――毒物による影響が残っている間に、アッサムさんによる奇襲。一度倒した相手と似た技が遥かに高い精度ですぐに襲ってくるとは予想しづらい筈だ。
「事前打ち合わせ通り気流操作を開始してください」
サンジェルマンが咄嗟に起き上がった瞬間、超高度の空中から急降下した
「条件さえ十分にレクチャーしていれば」
次の瞬間、サンジェルマンの周囲だけが真紅の火球で包まれる。
轟音。精霊魔法を応用することで、空気の圧縮と着火方向の調整が巻き起こす内向きの爆発。火球の内部は高熱と高圧で生命の存在を許さない地獄となっていた。
封じきれなかった熱と風が
「精霊魔法の応用で粉塵爆発の条件は整う」
【指令:エーテリウムの熱吸収による火球の生成と射出】
サンジェルマンの澄んだ声が刹那のうちに響き、大気を揺らす。それと同時に、周囲の気温が一気に低下する。爆炎の煙が晴れた。火球で押しつぶされたせいか、衣服の端が焦げ、防御に使った腕がへし折れたサンジェルマンの姿が見えた。
「莨谷先生。その熱、いただきましたよ」
彼の周囲で火球が無数に発生し、四方八方へと放たれた。
粉塵入の袋を投擲した
最初から隠れていたアッサムは戦場に姿を見せることなく退避。
指揮官たる
「さて」
彼自身は毒が効かないだけのただの人間だが防御を考えていない。
その姿を、彼の下につく全ての者に焼き付ける為に。
「焼き払え!」
「イエスマスター!」
続いて、戦場に戻ってきたフィルが目から
「アハハハ! フィル零号! その兵器は対策済ですよ!」
サンジェルマンの表皮の下の液体金属が沸騰し、霧状に変化した。
――いける。
《メッセージ:『吸毒』が発動しました。周辺大気中に含まれた無機水銀を毒と判定し吸収します》
水銀の霧が一瞬で消えた。
大気中に漂う水銀の霧、その源であるサンジェルマンの体内の水銀すらも。
一瞬で
「んんんんっ!?」
それでも、だ。『不老』による肉体時間の巻き戻しと
「すいませんマスター! 退避します!」
「許可! 生存を命令する!」
サンジェルマンが虚空から長剣を抜き放ち、
「させるわけ無いでしょ。サンジェルマン」
そして、他ならぬ女神が立ちはだかる。
「ええ、存じております」
サンジェルマンは女神の眼前まで迫り、消えた。
出現したのは
走る先には
それは魔術の理合により埒外の太刀筋で放たれる魔剣だ。
まず、空間転移により敵の背後へ移動。そして空間転移のついでに、疾駆する方向のみを180°転換させることで速度を保持したまま、予想外の方向から無減速の一刀を叩き込む。
「先生、お命頂戴します」
その名を、魔剣『
「いえ」
しかし。
「それは」
魔剣の担い手が。
「いけません」
彼一人とは限らない。
刺突一閃。サンジェルマンの手にある名剣とは比ぶべくもない数打ちの
「ガッ……ア!?」
ドワーフによって鍛造され、風と氷の精霊を封入された
爆縮により伯爵の身に纏う防護繊維衣服を焼き、『吸毒』で皮下金属装甲を奪い、突撃の速度を利用したクロスカウンターで喉笛という急所を狙って、それでやっと、初めて。不老の男から、余裕の笑みが消え落ちる。
「子、ゴ、ォ……!?」
声の代わりに、血の泡がこぼれ落ちる。
「お命、頂戴しました」
サンジェルマンの喉の中で、ナイフから極低温の二酸化炭素ガスが噴射される。ドワーフの職人が扱う魔術によって圧縮されていたもの、尋常な量ではない。爆発による脳震盪、同時に発生する極低温による凍結。その二つが合わさることで、不老による治癒とサンジェルマンの脳内にある
「……よくやった、ヌイ」
背後は振り返らない。
最初から背中は預けていた。
「本当に、よくやった」
ボン、と音が鳴ってサンジェルマンの首が高々と宙へ舞い上がった。
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