第43話 流通業者と麻薬の販路について相談しよう!【先行公開】

 小柄な遊人ハーフリングの老婆が、全長3mの大鴉おおがらすの上で腕を組み仁王立ちをしていた。


「な、なんだあのババア!?」


 颯太そうたはその小さな老婆が幻獣モンスターを操り、屈強なエルフたちをあっさり吹き飛ばすそのあまりに凄まじい光景に困惑していた。


「来ます! 真っ直ぐに突っ込んでくる! 指示を!」


 ヌイの声で颯太そうたは我に返った。


「おい、アッサムさん。こりゃどういうことだ」

「ガッハッハッハ! いきなり矢を射られたから腹いせだな」

「まあどうしましょう怖いわ」


 アッサムは笑い、アスギはぼんやりしている。

 ――エルフ共はさぁ!

 颯太そうたは不満を飲み込んで、対策を考える。


「マスター、フィルの背後に!」

「いや、試してるだけなんだろ。それならヌイは非殺傷性の攻撃で足を止めて、フィルは突っ込んで正面からあの黒い鳥に組み付け。試されてやろうじゃねえか」


 颯太そうたの指示と同時に二人の姿が消えた。

 二人は既に、颯太そうたが視認できない速度で、窓を開けて外に飛び出していた。


「フィルさん! 合わせて!」

「はい!」


 まずはヌイが簡単な光魔法で烏避けの光源を大量に展開した後、フィルが機械兵サイボーグの身体能力を活かして跳躍・突撃。

 ――成程。

 颯太そうたは満足げに頷く。


「この光の中なら、急に進路変更して回避は難しい。逆に加速してくるだろうな」


 と、颯太そうたが他人事のように解説した直後に、大鴉は光の中を更に加速。閃光の影響を受けないフィルがタイミングを合わせて迎え撃つ。


「ヌイさん! 僕が止めます!」


 結果、空中でフィルと大鴉が正面から激突。

 まっすぐに突っ込んでいっただけのフィルは、大鴉の爪であっさりと捉えられ、そのまま地面に押さえつけられてしまった。


「惜しかったねぇ機械じかけの小僧ボーイ!」


 フィルが地面に叩きつけられた衝撃で村長宅は揺れ、周囲に土煙が上がった。

 ――ここまでは想定通り。相手は空中戦の専門家だ。

 颯太そうたは応接室を出て表へ向かう。

 ――そして、この先も想定通り。あいつらがミスらなきゃな。


「惜しかったねえ! まずはそいつから分からせてやりな! ネバーモア!」


 大鴉の嘴がフィルの顔面に迫る、が。


「そこまでです」


 大鴉の首の上には、いつの間にかヌイが乗っていた。二本のククリナイフを、大鴉と老婆の首筋に向けて構えていた。


「ネバーモア。もう良い!」


 老婆の声で、大鴉は動きを止める。


「ありがとうございます」

「やるじゃないか、お嬢ちゃん」


 ヌイは礼儀正しく頭を下げ、ナイフをしまう。

 そしてちょうどその時、村長宅から颯太そうたが出てきた。

 ――ほらな、想定通りだ。


「これはこれは、村の者が大変な失礼を」

「この子らは随分とよくやったさ。あんたや村のバカ森人エルフ共よりもよっぽど優秀だ。まあこれから仕事する村だ。殺しはしなかったけどね」


 老婆はかけていたゴーグルを外してニッと笑う。


「村の馬鹿エルフはともかく、私が何かしましたか?」

「次、ババアって言ったらぶち殺すよ。小僧ボーイ

「アッハイモウシワケゴザイマセン」

「む、マスターを殺すとか見逃せないのでは? 戦闘継続すべきでは?」

「フィル、良い子だからちょっと黙ってなさい」


 老婆と大鴉はフィルと颯太そうたのやり取りを聞いて楽しそうに笑う。

 颯太そうたは困った顔で笑ってみせることしかできなかった。


     *


 颯太そうたとアッサムと老婆は村長宅の応接室でヨモギ茶を飲みながら一休みをすることになった。


「あたしゃマリエル。マリエル・カラス。元傭兵で、アッサムの同期、今は“水晶の夜”を引退してケチな運送業者を営んでいる」

「ケチなんて言っているが、腕はたしかだぜ」


 アッサムの言葉を聞いて、マリエルは誇らしげな表情を浮かべた。


「腕はね。けど、商売道具の大鴉ネヴァンもその乗り手も、なかなか数が確保できなくてね。事業の拡大ができずに悩んでいた。そこにお誘いを受けてこうしてビジネスの話をしにきたって訳さ」

「阿片の密輸をお手伝いしていただけるということで。王都では薬物の需要が上がってますか」


 既に颯太そうたは王都を直接見て確認している。

 その上で、マリエルの考えを伺う算段で、質問を投げかけた。


「ちょうど、辺境伯の息子が経営していた巨大な阿片窟が潰れて、客の奪い合いが始まっている。あんたのクスリは運べば売れるが、“水晶の夜”も運送業は本職じゃない。あたしらに話が回ってきたのはまあ、その辺の兼ね合いさね。なあ、アッサム」

「まあ厳密に言えば、ボムからの紹介だな。覚えてるかソウタ、村に火を点けたドワーフだ」

「覚えてますよ。放火は蒸し返さないでおきましょうよ。ありゃ辺境伯に責任をおっかぶせて片付いた話です」

「ははっ、違えねえや」

「落ちたねえ“水晶の夜”も。あたしらが現役だった頃は、まだ自由騎士団って美名を捨ててなかった気がするけど」


 マリエルは物憂げにため息をついた。


「辺境伯の殺害と城への放火については、王都で噂になっていますか?」

「事件そのものは騒ぎだし、近々派兵するという話はある」

「随分のんびりしたものだ。今飢えてる民もいるというのに」

「事件現場の検証一つとっても政治の舞台なのさ」

「そんなことをやっているからこのザマなんですよ」


 颯太そうたがため息をつくと、今度はマリエルはニィと笑う。

 

「まあ“水晶の夜”ではこの村の連中が関わっていると推測しているが、なにせ証拠が無いからね。実際どうなのさ」

「ご想像にお任せしますが、そう間違ってはおりません」


 マリエルは小柄な老婆の姿に似合わぬ大声でゲラゲラ笑い出した。

 ――まあ俺がやったって言ったようなもんだよな。

 つられて颯太そうたもクツクツと忍び笑いを漏らす。


「正直だこと。まあ怪しまれてるってだけで上手く使われることもある。いつ傭兵団が敵に回るかも分からないし、警戒しておくに越したことはない」


 ――王都の阿片窟も、辺境伯の死も、マリエルの見立ては俺と女神の分析している状況とほぼ同じだ。

 ――情報源としてある程度信頼できそうだ。

 そう判断した颯太そうたは早速彼女に一つ依頼をすることにした。


「商売。それで思い出した。家畜の輸入をできませんか? この辺りの地形に合う牛や羊の類を輸入したいのです」

「農村だろう。足りないのかい」

「焼かれました。家畜を育てていたエルフも

「ふむ?」

「今後、農作物を増産する予定です。それに伴って、家畜を増やしていく事を考えています。最終的には


 そこまで言うと、マリエルも理解した。

 同席していたアッサムもニッと笑う。


大鴉ネヴァンの牧場でも作るつもりかい」

「不可能ではないでしょう。この辺りにも幻獣モンスターが多くなってきています。ネヴァンの知識はありませんが、土地も人手も余っています。農協シンジケートの管理下にある土地、そして人材を有効活用していただけないかと」

「思いつきにしては悪くない……が。それはうちの部下共と相談だね。理事の椅子もついてくるとなりゃ、反対は無いさ。よろしく頼むよ」


 颯太そうたはマリエルと固く握手を交わす。


「話はまとまったかい」


 アッサムの言葉に二人は頷く。


「どうしたよ爺さん。何かあったかね」

「いや、村長が差し向けたあの二人、どれぐらい使と見た?」


 ――ああ。

 颯太そうたとしてもそれは聞きたい。

 女神以外の、この世界で歴戦の騎兵から見たヌイとフィルの脅威度は、知っておいて損はない筈だ。


「最初に好奇心で弓引いた若造共は駄目だね。鍛え直さなきゃ使えない」

「狩りしか知らんし真面目に訓練もしないからな、奴らは」

「けど、ガキ二人は悪くないと思うよ。うちのネバーモアと取っ組み合って傷一つ無いチビ、急降下するネバーモアの首に乗ったヌイちゃん、どっちも及第点だ」

「ヌイをご存知で?」

「おうとも。腕を上げたね。人間の魔術だけじゃなくて、エルフの精霊魔術も学習している。光の精霊を使って魔力の痕跡をギリギリまで消していた」

「いやあ後輩が優秀だと嬉しいもんだなおい」

「あんたが教官だったらもっと早く伸びたろうねあの子は。兵種としては現役時代のあんたに近いもの」


 ――順調に伸びてるな。少しご褒美あげてさらに頑張ってもらおうか。

 などと考えたが、まずはその前に、だ。


「ともかく遠路はるばるおつかれでしょう。ちょっと村の様子も見て来なくてはいけませんから、一度席を外します。夕飯の後にでも、改めて全理事同席で会議をできればと」

「まあそうだね。けど麦粥キュケオーンは嫌だよ!」

「奇遇ですね。私もです」

「マジかよお前ら」


 その晩、颯太そうたは自分とヌイの為に用意していたラーメンをマリエルに差し出してたいそう喜ばれた。

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