第23話 幼少期から傭兵団で暗殺術を仕込まれた幼女に襲撃されよう!

「俺ァ元団員なんだよ、“水晶の夜”の」

「元傭兵……ですか」

「こんな辺境に追いやられる前から、人間以外の種族がまともに都で食っていくには傭兵でもやるしかなかった。ここじゃ言えないことも沢山やった。アスギの出産費用が嵩んでな」


 颯太はため息を吐いた。


「もしかして、今も繋がっていたりするんですか?」

「そんなもんじゃない。ただ、まあ、義理だ。人殺しにも義理人情くらいはある。だから下っ端役人を買収する程度の余地は発生するし、この村で“水晶の夜”の連中は乱暴狼藉を働かない。良~い話だよなあ」

「その分、他所の村が絞られてるとしても?」

「ははっ、当たり前だろぅ?」


 アッサムは煙管キセルから煙草の煙を吸い込んでため息をついた。

 口調と裏腹に表情は暗い。

 ――それも何時まで保つか分からない、か。

 ――そういう意味でもこの村を今のうちに売り込む切り札が欲しい、と。


「ま、身内になにかあるよりはマシですよ。別に責める気はありません」

「話が分かるじゃねえか。商談の場にはお前もついてきてもらう。素顔を見られて困る人間は居るか?」

「故郷のことはもうあまり覚えていませんが……向こうの誰かが覚えている可能性は否定できませんね」


 異世界から来た颯太そうたを知る者など居る訳がない。しかし、颯太そうたは記憶喪失で村に転がり込んできたという体になっている。その建前は守らなくてはいけない。いくら自分で嘘くさいと思っていたとしても。


「リスクもメリットも分からんが、顔を隠せばまず真っ先に怪しまれる。それが良くない。なにせ向こうは難癖つけ放題の暴力ふるい放題だからな」

「私の身許の知れなさも武器として使えたら良いんですが」

「残念ながら暗殺者にはなれんよ、お前は。壇上で三味線を弾くのプレゼンテーションがお似合いだ。とりあえず連絡をとった役人がもうすぐ来る筈なんだ。今と同じプレゼンをやってくれ」


 そう言ってアッサムは窓の外を見て、目を細めた。その視線のずっと先で、四名の武装した男女に囲まれた馬車が、颯太そうたの居る村へと近づいていた。


     *


「帰ったら今日こそラーメンチャレンジだな……」


 話し合いはスムーズなものだった。徴税の話を例年通りで纏めた後、無料タダで役人に薬を渡した。ソシャゲの無料石のようなもので、最初はタダで少量渡して、後で欲しがらせる作戦だ。


「勿論マシマシだ……」


 颯太そうたが喋ったのはたった二回。自己紹介と役人への薬の説明のみ。自己紹介に至っては『行き倒れかけていた旅の学士』でおしまいだ。

 そして、あとは役人を酒食でもてなすだけになってから、アッサムは颯太そうたを先に家へと帰した。


「グッバイ麦粥ライフ……ふふふ」

「学士殿」


 その帰り道のことだ。

 颯太そうたの前に地味な黒い装束を纏い、派手な赤い頭巾を被った幼女が現れた。


「……はて、誰かな? 始めましてだね」


 颯太そうたは平静を装って返事した。


「学士殿、お時間よろしいでしょうか。お役人様の護衛をしている自由騎士団の者です。ヌイとお呼びください」


 自由騎士団と聞いて緊張が走る。


「ヌイちゃんか。どうしたのかな?」

「学士殿はかつて教師だったと聞き、お話を伺いたいと……」


 ――変に断ると怪しまれるか。

 颯太はヌイの腰のベルトにぶら下げられた二本のククリナイフを眺めた。

 ――こいつがその気になれば、多分俺は死ぬ。何か面倒が起きる前に答えるだけ答えて逃げよう。

 颯太は膝をついてヌイと目線を合わせる。ヌイが子供だからではない。


「この後も実験があります。手短に、三つまででお願いします」


 ――そして質問には正面から向き合う。俺はまだ教師だ。

 その思いを証明するかのように、颯太そうたの背筋に冷たい汗が一筋流れた。


「では学士殿のご厚意に甘えさせていただきましょう」


 膝をついて目線を合わせると、頭巾の隙間から短く切りそろえた黒い髪と紫の瞳が覗く。慇懃な口調で声音は冷たく、外見年齢に不相応な大人びた雰囲気だ。

 ――逃げても無駄だろう。

 ――だったら口八丁で手懐けた方が良い。生憎とそれに関して俺は教師プロだ。

 颯太そうたは膝をついたまま、目の前の子供の変化を一切見逃さないように注視して、会話を始めた。

 ――俺は甘えないぞ、大人だし、教師プロだからな。


「どうぞ、何でも聞いてください」


 そう言って颯太そうたは柔らかく笑ってみせた。

 鋭く研ぎ澄ませた心と裏腹に。

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