第22話 新型麻薬で悪徳役人を買収しよう!

 モルヒネの精製に成功してから数日後のこと。颯太そうたは村長のアッサムの家で自らの研究成果の披露を行った。


「――と言うわけで、少量ですが経口摂取可能なモルヒネ塩酸塩と阿片あへんチンキを作ってみました。それに余剰の芥子けし油と最近出没の増えたワーム脂を使った石鹸も試作しました。この石鹸を輸出できると収入になるかと思われます」


 カモスの収穫が増え、昨年に比べて幻獣モンスターの出現が増えている。

 颯太そうたはうっすらと自分のせいではないかと考えていたが、それを片っ端から村のリソースに変えることで、追求をごまかすことに決めていた。


「石鹸はまあ我々も多少は作っていたが芥子けしの油を使う方法もあったのか」

「香りも良く、肌触りも良好です。アスギさんが気に入って使っています。作るのもコツさえ掴めばそう難しくないので、村のご婦人の間で口コミで広がっていくかと」


 ――しかも石鹸製造時には副産物としてグリセリンが産生する。そしてグリセリンが阿片あへんチンキの素材にもなるんだから一挙両得だよな。

 颯太そうたは自慢げに微笑んだ。


「娘は……あれだ。どうでも良いだろう。いやよくない。よくやった。石鹸のことだぞ? あいつのことじゃない。各家庭で売り物になる石鹸が作れるようになるのはとても良い。だが今日の本題はそれじゃないな。この話はやめだ。そう、それよりもなんだそのモルヒネとアヘンチンキというのは」

「モルヒネは阿片あへんの中に入っている痛みを取ったり気持ちよくなる成分……まあ薬です。よく効くように抽出したもの。阿片あへんの効き目を支えているものですね」

「分かった。阿片あへんチンキというのは?」

阿片あへんの粉を強い酒に溶かしたものです。普通に吸引するよりも効果的に阿片の効果を引き出せる上に、持ち運びやすく、しかも飲みやすい」

「分かった。阿片あへんの収穫量は増えたか」

「勿論です。でなければ、とてもモルヒネは作れませんから。こちらをご覧ください」


 そう言って颯太そうた芥子けしから抽出した阿片あへんも見せた。黒褐色の阿片あへんの粒で満ちた小瓶を見て、アッサムは驚いた。


「こいつは……!」


 アッサムは粒の一つをナイフで切って、欠片に精霊術で火を点ける。香ばしい匂いが部屋に広がった。


「混ぜものはしていません。本物です」

芥子けしの花はそれほど多く渡していなかった筈だが。こんなにとれるのか。その瓶一つ分の阿片あへんを取るのには、少なく見積もってもお前に渡した三倍の量の芥子けしの花が必要な筈だ」

「適正な手順で成分を抽出すればこれだけの量がとれます」

「……これは不味いな。いや、すごいんだが、それだけにな」

「分かります。不味いですよね」


 颯太そうたは内心安堵していた。

 これだけ一気に増産できることが外に伝われば大変なことになる。国、他の村、ならずもの、皆が狙う。アッサムはそれを即座に理解した。


「分かってるじゃねえかソウタ。学者馬鹿って訳じゃねえみたいだなあ」

「光栄です。これ、国に渡す以外のルートでさばけませんかね」

「辺境伯にバレたら村が滅びるぞ。お前の首も俺の首も皆の首もポーン、だ」

「そりゃ勘弁ですね。学者馬鹿になるつもりはありませんが、商売は素人で」

「その発想は悪くない。この村はなんとか辺境伯への借金だけは免れている分、他所よりはマシだが……」

「金なんぞいくら有っても足りないでしょう? 今、エルフが人間に公然と使用できる武器は金だけですし」


 颯太そうたの言葉にアッサムは我が意を得たりと頷いた。


「……折衷案なんだが辺境伯がこちらへ差し向ける役人をその新しい薬で買収するのはどうだ。普段は辺境伯に四割、国に二割五分だが、辺境伯に払う分を三割くらいに減らせたことはある」

「薬の情報、漏れますよ? 麻薬で買収できる役人の口が重いとは思えません」

「漏れるから良いんだよ。単純に収穫量が増えたのではなく、新しい薬が作られたとなれば辺境伯は興味を持つだろう」

「相手に興味を持たせてまず辺境伯を交渉の場へ誘導すると」


 アッサムはシワだらけの顔を歪めてニヤリと笑った。


「分かってるじゃねえか先生。ヒトってのは自分で掴んだ気になった情報を信じ込むものさ。辺境伯に『この村は違う』と思わせれば俺たちの勝ちだ」


 ――俺たち、ね。それなりに信用はされていると見るべきか。

 颯太そうたはここで辺境伯について切り込むことにした。


「それで一つ気になっているのですが、辺境伯とはどのような人物なのですか?」

「小太りでニヤついた金髪のメガネ野郎だ。用心深くてな。俺たちの前に殆ど姿を現さねえ。様子を探りたいとは思っているんだが、エルフが外に出れば目立つだろう」

「俺ならば近づけるかも」

「かもな。だが戦おうなんて思うなよ。先生は強い。多少は身を守ることができるだろうし、巨大な幻獣モンスターを狩ることだってできる。しかし人を殺したことはねえだろ」

「……まあ、そうですね」


 アッサムはニヤリと意味ありげに笑った。


「だろぉ? 辺境伯も、部下の役人も、この辺りに来る時は“水晶の夜”って名前の自由騎士団を連れている。“水晶の夜”は対人戦闘も対幻獣モンスター戦闘も完璧にこなすプロだ。うちの村にだって多少腕の覚えがある奴は居るが、それでも防戦が限界だろう。森人エルフと人間じゃ身体能力は森人エルフの方がずっと上の筈なのにな」


 ――殺し合いばっかりしている連中か。可能な限りお近づきになりたくないな。

 颯太そうたは真面目な顔で頷いた。


「あと、厄介なことに“水晶の夜”には密偵や工作員も居る。この村の様子を探るくらいならば訳なくこなすだろう。不審に思われたならば何をされるか分からん」

「自由騎士団なんて聞いたから、鎧兜に身を固めた戦士の集まりかなと思ったのですが……」

「騎士なんて言っても要は戦争屋だよ。残念だが魔術師も居るし、弓手も居る。絶対に戦うな」

「科学者……錬金術師は?」

「俺の知る範囲では居なかった筈だ。何か考えているみたいだが、逃げる算段だけにしておけ」


 そこまで話を聞いてから、颯太そうたは首をかしげた。

 ――詳しすぎないか。

 颯太そうたの内心に浮かんだ疑問を見抜いたかのようにアッサムは笑った。


「俺ァ元団員なんだよ、“水晶の夜”の」


 ――この村、真っ黒じゃん。

 颯太そうたは他所の村で狼藉を働くアッサムの姿を思い浮かべ、

 ――いかにもやってそう。間違いなくやってるよこいつ。

 少し親しげにされたとしても、アッサムを信用してはならないことを改めて実感した。

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