第21話 こちらは精霊の加護で抽出精製したモルヒネになります
無事にジエチルエーテルを生成した後から、
「……と言うわけで今日の授業は終わりです。原子、それに固体・液体・気体という概念についてはしっかり覚えておくように。これさえ覚えてれば、貴方もすぐに今やっている薬品の合成について理解できるようになります」
「はい先生!」
「じゃあ本当にここまでだ。復習したらゆっくり寝てくれ」
「はーい! じゃあおやすみソウタ!」
「おう、おやすみ」
アヤヒは嬉しそうに自分の部屋へと帰っていく。今日もまた母親に勉強の成果を自慢してから眠ることだろう。
《メッセージ:スキル『耐毒』が発動しました。モルヒネが50%を占める粉末です。全ての効果を遮断します》
ここ数日の実験と幻獣狩りで、既にランクAまで成長した耐毒スキルが作動する。この粉が限りなく
「ほぼ完璧だな」
「なになに? 良い感じなの?」
声が聞こえて振り返ると、女神が腕を組んで壁にもたれ掛かっていた。
「ああ、
「うわ~、すごいわね化学教師。私もポケットマネー切り崩した甲斐があったわ。そういえば副村長になったのよね。なにか欲しい物ある?」
「音楽プレイヤーかな」
「それだけでいいの? イヤフォンくらいならつけてあげられるわよ?」
女神は普段より機嫌良さそうにニマニマ笑い出す。
「ああ、それも頼むよ。ところで相談したいことがあるんだけどいいか?」
「頼って頼って~! 頼られると私も嬉しぃ~!」
女神は笑みを浮かべてくにゃりと身を
――随分気に入られてしまったな。
「正直言って
「流通させる側に回れば良いのよ。ここの辺境伯とかやっつけて」
「却下だ。俺はもう
「あんたのスキルがあるじゃないのよ? 『耐毒』で身体の中に
「それは……考えてはいたが」
――それ、そのやり方は俺の能力に依存しすぎている。それは科学じゃない。万人に共有できる科学でこの村を栄えさせなければ、危機の度に英雄を期待するだけになってしまう。
という思考をどう伝えるべきか考え込む間に、女神は続けた。
「精製だってこんな手間かけ無くていいでしょ。『放毒』のスキルで不純物0にして体外に排出すれば良いんですもの」
「それは、駄目だ。エルフに作らせる必要がある」
「そうなの?」
「アヤヒに色々実験を手伝わせて分かった。エルフは風の精霊魔法で簡単に減圧蒸留もできるし、温度の調節も簡単にやる。精霊魔法を扱うエルフが主導して薬品工場を作ることができれば、エルフという種族をもう誰も軽視できなくなる」
女神は首を傾げた。女神には人間の社会が分からぬ。
「どゆこと?」
「再現性だよ。本当に世界を変えるなら、科学は俺一人の魔法で終わらせちゃ駄目なんだ。エルフを救うのはエルフであるべきなんだ。俺はそうなるように教育をやる。でなければ同じことの繰り返しだ」
「けど、あなたが叡智を独占しても、あなたの叡智を共有しても、起きるのはきっと争いよ? 叡智を与えて、その先で皆を豊かにする為に皆を争わせるの? だったら最初からあなたという勝者が決まっている方が簡単だと思わない?」
――たしかに、それはそうだ。
科学知識を万人が共有したところで争いが続くのは世の習い。
もっと酷いことになる可能性も当然ある。
――世界を守るためならば一部の人間が優れた知識と技術を独占すべき……というのも理屈だ。
「簡単だと思うぜ。これは高校生物の話なんだけど、簡単な、単純な仕組みって、環境の変化であっさり崩れるんだ」
「管理が大変になるってこと?」
「そうだ。それに俺の好みの問題として、何も知らない相手を何時までも良いように利用するのは気に食わない」
「けど面倒くさいわね……やらなきゃだめ?」
「主な作業は俺がやる。お前が永遠に同じ作業を繰り返す日々で満足か?」
「永遠に繰り返す羽目になったらあんたも道連れにしてやろうかしら? 少なくとも退屈はしなさそうだし~」
――この歳で死ぬのは絶対嫌だが、かといって不老不死なんぞ御免こうむる。
「じゃあなおのこと勘弁だ。少なくとも俺は同じことなんて繰り返したくない。アホみたいにスッとろい歩みでも、少しずつ、似たような事を繰り返しながらちょっとはマシになる世界が良い」
「それはあんたの理想?」
「俺の世界に居た知の巨人が夢見た理想だ。俺はそれに乗っかる小人。お前も乗っていけよ。せっかく別世界から人間を呼んだんだしさ」
それを聞くと女神はくすくすと笑った。
「前に召喚した子はね。『ふぇえ、神なんて信じられませぇん!』って、私の
「ああ、なんかそんなこと言ってたな」
「他に召喚した奴は、そうね。肩の上に乗るっていうの? まあ確かにあたしから色々勉強してそれなりに尊重してくれたわ。それだけ」
「案外色々居たんだな」
「一緒に歩こうとしてくれるのはあんただけね」
女神はいつになく優しい微笑みを浮かべた。
――そういえばこいつの本体って、詳しく聞いてなかったな。
「まあ、良いだろ。そういう変わり者が居ても」
「ええ、退屈はしないわ」
――俺、もしかしてまだ何か見落としてる?
「そういえばお前の
「
「えっ」
――なんでも作れる機械? 工場併設の超巨大汎用化学プラントって感じか。成程、神、確かにそれは神だ。
――いや、待て、つまりだぞ。待てよ、嘘だろ、まさか。
「どうしたのソータ?」
「……そんなもの封印させたのか!? その結果がこれ!? 馬鹿じゃねえのかこの世界の奴ら!」
その叫びは半ば悲鳴だった。
「どゆことどゆこと?」
女神は首をかしげた。
「これは推測だけどさ。人間の王国はお前を危険だとして全力で封印した。だがお前を封印したせいでこの世界は貧しくなった。貧困に対する不満のはけ口を人間が異種族差別に求め、差別の正当化をする過程で今に至った」
「なによそれぇ!? 折角あの時『人類にはちょっと早いから』ってお願いを聞いてしばらく完全に休止してたのにぃ!」
女神は
「どっかでお前の存在自体を伝達しそこねたんだろ」
「ただの馬鹿でしょそれ」
「世界史でよくあるぞ。人類の馬鹿さ加減を甘く見るな」
「化学教師でしょ!?」
「歴史ぐらい学ぶ。生徒の学んでいる内容を把握してない教師とかクソだろ」
「んも~~~~~~! 」
――だが勝ち筋は見えたな。
「まずはお前の封印を解こう。お前の開放の為に、王都での発掘作業を進める目的で、少しずつ今の計画を修正していく。勿論お前の力が必要だ。手を貸してくれ」
「ええ! あったりまえよ!」
――思ったよりも話は早く進むかもしれない。女神の本格的な起動さえできるなら、そもそも開拓すら不要になる可能性も。
この時、いつか、星を滅ぼす火が灯った。
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