夢l-9

「ちょっとトイレに行ってくる」


 テントに寝転ぶ柊に告げると、俺はオアシスを離れ、適当な岩を見つけ、道具袋から懐かしのファルシオンを出す。これは鋼製だ、普通なら岩は斬れないだろう。だからこそ練習になるのだ。軽く当ててみる。金属音が鳴り弾き返される。これで斬ることが出来れば斬れる線の修行はなんとかなるだろう。目を瞑り静かに意識を落としていく。目の前に大きな塊を感じるこれがさっきの岩か。更に深く、更に感じるように塊の本質を見抜くんだ。うっすらと感じる亀裂、ここか! その亀裂に向かって剣をふるう。大きな金属音をたて、手にしびれが走る。まだ浅かったか。もう一度深く意識を奥に、さっきまでの深さじゃダメだ。更に深く潜る。自分自身がこの岩と変わらないくらいまで、周囲と同化するまで……

 見えた!塊に一筋の線が。そこをなぞるように剣を滑らせる。滑らかな剣戟、今までとはまるで違う感触。こちらが斬るのでは無く、そこに自然と導かれるような感触。抜ける剣、手前に塊の一部が落ちてくる。それを避け、その塊の一部の新たな線に剣を滑り込ませる。塊が二つに別れ、砂の上に落ちる。この感触か。なんとかうまくいった。目を開ける。岩はの断面は恐ろしい程にツルツルで綺麗だった。一気に疲労が襲う。ここまで集中してようやくか。とてもじゃないが実戦で使えるとは思えない。何より相手は動くのだ。そうなれば線も動いてしまうだろう。あまり疲労を貯めたくないが、今晩中にできるようにならなければ。次の岩に向かう、今度は目を開けたまま出来るだろうか? 全身の力を抜き、また自分を自然と同化させることから始める。ダメだ、全く見えない。目を開かず実戦をこなすことなんて出来ないだろう、このままでは使い物にならない。その時、左上から気配を感じた。考えずに剣を振るう。何かが真っ二つになって落ちて来た。ガーゴイルだったのか。あれ? 今、俺は鋼のファルシオンで斬ったはずだ。何も手ごたえがないなんて……どうやら無心で振るった剣がガーゴイルの斬りやすい線をなぞっていたようだ。無意識にこんなこと出来たのか……背後から手を叩く音がする。この気配はグリゴリさんか。


「おめでとう。よくそこまで剣をモノにしたの」

「ありがとうございます、昨日は会えなくて残念でしたね」

「私、これでも忙しいのよ。今日は2つ悪い知らせを持ってきたわ」

「出来れば聞きたくないんですが」

「ダメよ現実逃避は。それに貴方には聞く義務があるの」

「じゃあ簡潔にお願いします」

「そうねまず、第二候補が失敗して脱落したわ。見たでしょ? あの男を襲う所を」


 多分、優さんを襲った男の事だろう。あれが第二候補だったのか。


「随分物騒なことをさせるんですね。こっちの世界でどうにか出来ないんですか?」

「残念ながら、あの男はこっちの世界では力を持ち過ぎてるの。今のままじゃ私も敵わないくらいに」


 あの火力すら通じないとは優さんはどれだけの力を持ってるんだろう。そうか、加えて優さんは城仕えだ。直接会うのも難しいに違いない。城には阻害の魔法もかかってるってリュシエンヌ婆さんも言ってたしな。


「さて、もう一つの悪いニュースは次の封印解除は今日を入れて3日後よ。恐らくは憤怒の封印」


 やはりそうか。効率良く人間社会を崩すなら、その順番だろう。


「でも、いいニュースもあるのよ。私も随分、力を取り戻したから、もしかしたら少しずらすくらいは出来そうなの」

「ずらすって何をですか?」

「もちろん、解除される封印をよ。皮肉なものね、封印が解ける度に私は力を取り戻せるなんて」

「グリゴリさん貴方は一体何者なんですか?」

「それはまだロックがかかって言えないわ。そうね、今だから1つ言えることは貴方の両親を遮断したのは私よ。いくら貴方が空っぽの人でもまともな人間くらい身近に居たって悪くないでしょ」


 グリゴリさんはまるで楽しむようにクスクスと笑う。


「なら、俺の妹も助けてくれたっていいじゃないですか」

「ダメよ、少しは危機感を持たせる為にあの子は遮断しなかったんだから」


 思い切りぶった斬りたい衝動を抑え、話を続ける。


「そうですか、てっきり出来ないのかと思いましたよ」

「それで挑発してるつもりかしら。まあいいわ、ただ、貴方が私の自由にならないように、私も貴方に使われる気はないから」


 あくまでお互いを無意識に利用し合う関係が望みという訳か。


「それと忠告を1つ、現実で貴方に近々強敵が現れるわ。それは自分で退けなさい。言っておくけど加減して勝てる相手じゃないから」


 今度は現実で強敵と来たか。優さんの仕向けた刺客でもくるんだろうか? せめて竹刀くらいは持ち歩いた方がいいかもしれない。悔しいが有難い忠告だ。


「他に言う事はありませんか?」

「相変わらずよ。貴方にはとにかく頑張れとしか言えないわ。このまま封印が解け続けたらもっと詳しいお話が出来るのに残念なの」


 全然残念そうに見えない微笑を浮かべながら、囁くように言う。


「でも、思った通り、貴方はどこまでも強くなるわね。そろそろ行くわ。またね幸せな人」


 そう言うとまた姿を消した。まるで嘲笑う為に来たみたいだが、次の封印解除が3日後と知れたのは有難い。次はどこを攻めて来る気だろう。まさか、まだ来栖先輩を諦めて無いのだろうか? まだ悩みは尽きないが、新しい剣術を体得出来たのは素直に嬉しい。美弥子はどうにもならないが両親が無事だというのも吉報だ。もう真っ暗だ、とりあえず寝よう。現実の強敵も気になるし身体を休めることは重要だ。

 テントに帰ると柊はすでに大いびきで寝ていた。俺も横になる。中々眠れないだろうと思っていたが急に眠気に襲われる。なんだこの感じは、もしかして現実の俺を誰かが起こそうとしてるのか。意識が急加速で持ちあがっていく。目覚めの時だ。どんな困難だろうと乗り越えてやる。そう思いを込めて。


―――もはや戦うことからは逃げられないのだろう―――

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