夢j-8

「うわ、ポーションすげぇ、医者いらずじゃん」


 柊よ。お前が口にしたのは最低200オーロはする品だ。その辺も教えないとな。帰りのチュレアの森は新堂が指揮し、柊が足止め、来栖先輩が止めというフォーメーションだ。これなら心配なく森を抜けられるだろう。そうなるとやはり気になるのは鈴木先輩だ。自分にもいずれ降りかかる問題かもしれないと思うとやはり考えないでいるのは難しい。答えの出ない自問自答をしているとすぐに門が見えてきた。

 門をくぐると1番に口を開いたのは新堂だった。


「私着替えたいから、先にコリンのとこ行ってて」


 おそらく失禁したときの後始末だろう。口に出すのも野暮か。新堂を見送ると青銅の蹄を目指す。


「そう言えば来栖先輩達ってどこの宿泊まってるんすか?」


 柊が聞く。


「俺達は【羊の数え歌亭】だよキミ達は?」

「俺達は番犬のねぐら亭っす」

「あそこは最初の3日世話になったな。香苗が文句言うんで移ったんだけど。でもキミ達ならもっといい宿に泊まれるんじゃないかな?」


 羊の数え歌亭は確か一晩30オーロはする。ホテルに近い高級宿だ。個人的には宿は寝る以外に使わないから安宿で充分な気がする。あの守銭奴がわざわざ高い宿に泊まる理由がよく分からない。こんなこと考えても仕方ないか。青銅の蹄に入るとマスターが驚いて出迎えてくれた。


「タツヤ、なにがあったんだ? ニジエは寝てるのか?」

「ああ、寝てるよ。ちょっと魔法の使い過ぎでね。どこか寝かせられる場所ないかな?」

「こっちにこい、俺が仮眠用に使ってるソファーが奥にあるから、そこに寝かせとけ」


 マスターに案内されて、奥に入ると壁に様々な袋がいくつもかけられ、書類が山積みになった机とくたびれたソファーがあった。正直、このソファーにニジエを寝かせるのは気が進まないが仕方ないだろう。

 ニジエをソファーに寝かせ、新堂を待つ。その間に今出来ることを整理しておこう。来栖先輩はなんだかマスターと言い争いを始めてる。


「だからコウジって盾役いただろ? アイツが死んだんだ」

「クルス、俺にはお前さんが何を言ってるのかサッパリわからん。お前はカナエと2人だった筈だぞ、ギルドの名簿にもコウジなんて名前は無い」

「確かに朝、3人で依頼受けた筈だぞ。サキュバスの尾かインキュバスの角30本の依頼だ」

「確かに受けたが2人だったぞ。これまでもずっとな。これはギルドマスターの名前に賭けてもいい」

「来栖先輩、ちょっとこっち」


 俺は来栖先輩を引っ張りテーブル席に着かせ、アップルジュースを3つ頼む。


「仮定ですけど、鈴木先輩は『いなかった人』になっちゃったんじゃないですか?」

「どうしてそう思うんだい?」

「まず、盾と鎧が消えたことと死体が残らなかったことです。もしかして宿になんか残してませんか?」

「宿の中までは分からないが、そうだ! 同じ宿に泊まってるんだから宿帳には証拠があるはずだ!」


 来栖先輩が駆け出そうとすると扉が開き、男装の新堂が入って来た。


「来栖、どこにいくつもり?」

「宿だよ。鈴木のいた証拠がそこにあるはずなんだ」

「無駄よ、私がもう確認したもの。私達は2人だったって言い切られたわ」

「そこなんだよ。マスターも鈴木はいない、知らないの一点張りなんだ」

「待ちなさい、陽菜が何か言いたそうだから、それを聞いてからにしましょう」


 ようやく話せる機会が訪れた。俺は情報を整理して、話を始める。


「まず、全員が確認してるのは鎧と盾が消えたことです。俺があそこに入った時、鈴木先輩は幻覚で惑わされ鎧と盾を付けていませんでした。次に守りきれ無くて死なせてしまった時の事です。これは死んですぐにモンスターと同じように光って消えました。これを確認したのは俺だけですが間違いありません。これってもしかして俺達は人間の姿をしているけどこの世界ではモンスターと同じなんじゃないですか? もしかしたら、盾や鎧も拾ったら何か違ったのかもしれませんが」

「だけど、記憶にすら残らないのはどう説明するのよ?」

「それがさっき来栖先輩に言った『いなかった人』に繋がるんだ。新堂も知り合いがこの世界に来てないのはおかしいって言ってたろ。この世界で初日生き残れそうな人何人いる?」

「ど素人のアンタが生き残れたんだから相当いるんじゃないの」

「いや、俺は初日、死にそうになったところを火の魔術師に助けてもらったんだ。柊、スタート地点が仮にチュレアの森だったらどうなってた?」

「多分どころか絶対死ぬじゃん」

「だろ、運動してないやつなら、運が悪いとハウンド相手でも死にかねないだろ」

「確かに、私はルンレストの城壁近くに倒れてたのよね」

「俺はルンレストの路地裏だったな。ギルド教えられて香苗にあって、その後鈴木とあったから」

「来栖先輩、馬鹿にしてるわけじゃありません。初見で武器無しでウェアウルフに勝てますか?」

「かなり難しいどころか、多分無理だね。何より最初は只の夢だと思ったし」

「もし明日、現実の鈴木先輩に会えたらどちらにしろ分かる事です」

「もしって?」

「この世界の死が現実の生死とリンクしてたら最悪ってことよ」


 皆が押し黙る。最悪の場合、もう死んでるってことだ。来栖先輩が沈黙を破る。

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