現実i-4

「もし、優さんが盲目の時計職人なら目を開いた後、何をするんですか?」

「もちろん、理想的な世界を作る気だよ。昔、ある老婆に言われたんだ。人の意思が人を支配すると。私にとってオカルトも科学という万能の宗教の一部にすぎない。そして私はその教徒の1人だ」


 優さんの話は抽象的で誰かに似ている。そうだグリゴリさんにどこか似ているんだ。しかし、今、その名を告げてはならないと本能が警笛を鳴らす。勘だが、この人はグリゴリさんじゃない。


「どうしたのかな? 気分が優れないようならジュースでも買ってこようか?」

「大丈夫ですよ。ただ、話に追いつけなくてつい」

「そうだったか、済まなかったね。どうも私は人と話すのが苦手らしい」


 その時SNSの着信音が鳴る。


「すみません、マナーモードにし忘れて」

「気にしないでくれたまえ。友人からのメッセージなら早く確認した方がいい」


 お言葉に甘えてメッセージを確認する。ノリからだ。アーマゲドンオンラインプレイヤー1000万人突破記念のライブイベントのチケットが当たったとのことだ。


「友人からアーマゲドンオンラインのライブイベントのチケットが当たったとの報告でした」

「それは良かった。なんなら達哉くんも来るかね。特別に招待するよ。条件は1つ、アーマゲドンオンラインをプレイすることだが……」


 不思議なことにそれが出来ないんだ、ここは前と同じ返事にしよう。


「すみません。夜の外出が禁止されてまして、親がうるさいんですよ」

「前にも言ってたね。私としたことが失念していたよ。しかし、うるさい両親は大切にした方が良いよ。私達兄妹は2年前に両親を亡くしていてね。皮肉なことに、それで、どれだけ大切で、どれだけ大切にされていたかはよく分かったよ」


 優さんだって辛いこと乗り越えてたんだ。あの兄妹仲はそれの裏返しなのかもしれない。


「あの2人はどうなったかな?」

「遠目ですけど下着のコーナーにいるようです。ちょっと近寄るのは気が引けますね」

「なら、しばらく待とう。今度は達哉くんの話を聞かせてほしいな。向こうの世界のことより、どんな学生生活を謳歌しているのかをね」


 たいした話ではない。ただ学校で男同士駄弁ってるだけの毎日に最近は演劇部の活動を始めた内容をかいつまんで話す。


「なるほど、中々充実した日々を過ごしてるね。そういう何気ない日常が後に良かったと思える日も来るだろう」

「すみません。失礼かもしれませんが、優さんと虹江……さんって、いくつくらいはなれてるんですか?」

「13歳離れているよ。こうなると妹というより娘と感じるね。あの雨の日の事故さえなければ虹江にも、もっと楽にさせてあげられたろうに」

「両親は事故で亡くなったんですか?」

「ああ、雨の日に視界不良の車両が信号を確認しないで突っ込んで来てね。あの時虹江は一生分の涙を流してしまったかのようだったよ」


 雨の日の事故! しかしそれなら虹江は雨の日を嫌いになりそうだが。


「虹江さん、雨の日好きですよね。何ででしょうかね?」

「母も雨の日が好きだったからね。よく2人で雨の日の散歩に出ていたよ。あまり詳しくは分からないがね」


 そんなことを話してるとひょっこりと虹江が近くに来ていた。


「達哉さん、兄さんと何を話してたんですか?」

「ああ、お互いの近況なんかをちょっと」

「虹江は欲しい物が決まったのかね?」

「2枚候補があるんですけど、どちらにするか迷ってて」

「両方買ってもいいんだよ」

「兄さんは乙女心が分かってません! ここは達哉さんに選んでもらいたいんです」


 虹江は優さんには結構強い物言いするんだな。なら選ばせて貰おう。


「新堂のいるとこに行けばいいのかな? 何を選ぶの?」

「夏のワンピースをどちらにしようか迷ってるんです。香苗さんはひまわりの柄が夏らしくていいって言うんですけど、私はもっとおとなしめな柄がよくて」


 新堂の手には淡く描かれたパステルカラーのひまわりが目を引くワンピースがあった。


「新堂、それ目立ちすぎ」

「虹江はおとなし過ぎるからこれくらいのギャップがあっていいのよ」

「似合わないとは言わないけど、やっぱり虹江はもう少し大人しめの服がいいんじゃないか?」

「どんなの?」

「これとか」


 俺が手に取ったのは霧状に薄い青を散らした長袖のワンピースだった。


「夏に長袖ね。確かにこのタイプは夏でも涼しいのが売りだからいいかもね。紫外線対策にもなるし、でも地味すぎない?雨柄なんて」


 虹江は雨柄というと飛びついてくる。


「雨の柄の服なんてあったんですね。手触りもいいし、私これがいいです」


 あっさり決まったようだ。優さんを呼ぶと会計を済ませファッションコーナーを後にする。ずっと立ちっぱなしで疲れたのか、虹江は喫茶店に行きたいと提案した。もちろん優さんはそれを快諾し、喫茶店を探すが、どこも満席だ。やはりカップルが目立つ。仕方なく以前利用した飲食スペースに立ち寄る、こちらも混んでいるが、なんとかテーブルを1つ確保できた。

優さんと2人でジュースを4つ買ってくると虹江はストローに口を付けて、落ち着いたのか、リラックスしているようだ。

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