―――現実i

現実i-1

 起きると時間は9時を回ってた。スマホには新堂からのメッセージが来ていた。11時にアビレ前に来なさい。だそうだ。体操と素振りとシャワーの時間くらいありそうだ。朝食は最悪抜きで昼に多めに食べるのも悪くない。もっとも優さんの前で食事が喉を通るか問題だが。問題といえばグリゴリさんはまた意味深なセリフを残してたな。でも相手にするのはよそう。考えたって答えは出ないし、案外訳の分からないこと言って引っ掻きまわす趣味でもあるのかもしれない。

 大切なのは虹江とキスしたことだ。これは絶対話せない。最悪2度と会えないようにされるかもしれない。優さんのガードはハンパじゃないだろう。虹江がその辺察知してくれればいいけど、多分大丈夫だろう。自分からそういうことを言い出すタイプじゃないし。今夜の事も考えなければならない。護符は多分出来てるだろう。チュレアの森の古城も気になる。俺は雑念を払うように素振りを続けた。

 シャワーを浴びたら10時30分過ぎだ。残念ながら朝食を抜きにして向かう他無いだろう。素早く着替え、ワックスで髪型を整えると起きてくる美弥子に言って来ますを言い、駅に向かう。電車内はカップルだらけだ。前は自分とは遠い世界の事のように考えてたが、今は違う。俺には虹江がいる。そう思うと車内でいちゃつくバカップルでも祝福したい気分でいっぱいだ。こんなに世界が違って見えるようになるとは思わなかった。

 なんとか11時前に総合ショッピングセンター、アビレの前に到着した。


「陽菜、遅いわよ。15分前には来なさい。今日は虹江と会う約束だけど、建前は私とアンタのデートなのよ」


 そんなの初耳だ。というか、新堂は勝手すぎる。俺がデートしたいのは虹江とだ。お前じゃない!


「あ~あ、いっそ虹江とデートしたかったよ」

「あのお兄さんがそれを許すと思う?」

「多分無理だろうな。新堂、優さんの相手頼める?」

「私は虹江とショッピングに来たのよ。相手はアンタがしなさい」


 現実は無常だ。優さんと何を話せばいいんだ? アーマゲドンオンラインはやってないし、プログラミングにも興味は無いし。共通点は虹江しかないが、この話題は地雷に近い。向こうから振られない限り口にしない方がいいだろう。

 新堂と言い合いしてると2つの影が近づいてくる。虹江と優さんだ。先手を取って挨拶してしまおう。


「こんにちは。今日は絶好の行楽日和ですね」

「そうだね。こちらは少し待たせてしまったかな?」

「いえ、俺もさっききたばかりなんで」


 途端にお腹から大きな音が響く。


「達哉さん、お腹減ってるんですか?」

「恥ずかしながら、朝食べて無くてさ」

「なら、先に食事に行こうか。今日はカップルで混みそうだしね」


 優さんは意外に俺を気遣ってくれているようだ。新堂は何か言いたそうだが、4人でフードコートに向かう。優さんは虹江に尋ねる。


「虹江、何が食べたい?」

「兄さん、私より達哉さんに聞いてあげて」

「いや、俺は虹江に合わせるよ」

「私も虹江に合わせるわ」


 目が見えない虹江はフードコートの点字を探りながら選んでいるようだ。ある点字を探り当てると笑顔が浮かぶ。


「私、このお店行ってみたいです!」


 選んだのはハンバーグ専門店だった。虹江はハンバーグが好きなんだろうか?


「虹江が行きたいなら、2人もそこでいいかな?」

「はい、俺もハンバーグ大好きです」

「私も好きよハンバーグ」


 すきっ腹にはじつにありがたい。もしかしたら虹江は俺に気を遣ってくれたのかも。地下のフードコートは既にカップルで溢れていた。早めの昼食は正解だったかもしれない。お目当てのハンバーグ専門店はなんとか待ち時間無しで入れた。夜に続いて運がいいのかもしれない。メニューに目を通すと、ガッツリ俵ハンバーグ300グラムチーズ乗せの写真が目に入る。ライス大盛りサービスも嬉しい。これしかない! 1500円と高めだが、小遣いには余裕がある。自分のメニューが決まると虹江が何を注文するか気になる。


「私はチーズハンバーグ180グラム、サラダセットで」


 新堂、お前のは聞いてない。気になるのは虹江だ。

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