現実c-2
日曜の鶴見駅は案の定、人がごった返しており、ここまで来たのは失敗だったかもしれないと考えていると、急に後ろから女性に声をかけられた。
「あの、タツヤさんですよね?」
見ると鍔広帽とサングラス姿でもその子がニジエだと解った。服装は違うし、変装のような格好をしてても顔立ちと声ですぐに確認できた。
「そうだよ。ニジエは散歩かな?」
「はい、でもそれだけじゃなく、なんとなくここにくればタツヤさんと会える気がしたんで」
中々嬉しいことを言ってくれるな。話したいことは山ほどあるが、ここは人が多すぎ、ニジエの白杖も他人にぶつかりそうだ。
「この先の駅ビルに飲食スペースがあるからそこで話さない? 喉も乾いてるだろうし」
今日は6月にしては暑い日だ、出来れば早くこの人混みから解放されたくもあったが。
「そうですね。どこかに座ってゆっくり話したいです」
ニジエも乗り気だ。よくこの辺に来ているからだろうか、特に案内も必要無く駅ビルの飲食スペースにたどり着き、ニジエがテーブルに座ったのを確認するとオレンジジュースを2つ買って席に着く。ストローで一口飲むと夢の世界のオレンジジュースよりなんだか薄い気がした。ニジエも解ったのか、
「青銅の蹄の方がジュースは美味しいですね」
と言う。あっちは搾りたてだからだろうか? 間違いなく果汁100%だろう。そこで昨日のことを思い出した。
「そう言えばまともに自己紹介してなかったね。俺は陽菜達哉。太陽の陽に菜っぱの菜で陽菜」
「なんだか名前みたいな苗字なんですね。改めて私は神崎虹江といいます。虹江は七色の虹に入り江の江です」
お互いに会って3日目になるのにまともな自己紹介を済ませるのはなんだかこそばゆいような気がした。だが気になることがある、もう細かいことは気にせず尋ねてみよう。
「今日、後ろから声をかけてきたけど、やっぱり俺のことは見えてるの?」
「はい、3日前、ぶつかって来た時よりはっきり見えてますよ。今日は髪を整えてないんですね」
しまった。誰かと会うと思って無かったから寝癖を直しただけで、面倒だからとワックスで髪を整えて無かった。こういうズボラなとこが細かいとこでの失敗に繋がっているのかもしれない。
「ああ、まさか知り合いに会うとは思って無かったからね。虹江はいつも綺麗な格好してるな。それも見えてるの?」
「いえ、服は見えて無いので、買ったらタグに切れ目を入れて、それで触って判断してるんですよ。帽子も見えないんですけど、これはお気に入りなんです」
「道や家なんかも見えないの?」
「ええ、今ではこの辺は慣れているので不便はありませんよ。自分の家はもっと慣れてますがやはり見えませんね。見てみたくはあるのですが」
やはり見えないらしい。無機物は見えないということか? まだ気になることがあるので続けて聞いてみる。
「ぽつぽつ見える人がいるって言ってたけどそれはどうなの?」
「そうですね、ぼんやりとですが見える人はいますね。でも今日は昨日より見える人が少ない気がします」
虹江は何を基準に見える人と見えない人が別れているのだろう? 気にはなったが、これは俺が悩むことでは無いのかもしれない。やはり今悩むべきはあのパリンの件だろう。
「昨日の夢のお昼頃、何かが割れる音がしたの覚えてる?」
「ええ、あの後、モンスターがたくさん出てきましたし、タラントも襲われてましたから」
「気になって調べてみたら、ルンレストでも、モンスターの襲撃が起こってたって。でもマスターは音なんて聞いて無いっていってたんだ」
「不思議ですねぇ。確か柊さんも聞いたんじゃありませんか?」
「ああ、アイツも皿の割れたような音が聞こえたって言ってた。俺も柊も初めて聞いたんだけど虹江は2回目なんだっけ?」
「はい、あの音がして夢の世界に入れましたからしっかり覚えてますよ。確かに16日前です」
俺が夢の世界に入れたのも16日前だ。だが違いはある。更に聞きたいことを進める。
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