第22話

 点滴はもう外れてる。飲み物でも買いに行こう。ベッドの隣の棚の上、バッグに手を掛けた。


 一瞬にして怖くなる。このバッグを開けたら、小さな空間に、大きな現実が入ってる。想像しただけで恐怖を感じ、バッグから手を離した。


 何も見たくない。現実逃避だってわかってる。でもれられない。れたくない。


 ゆっくりベッドから足を下ろす。もう倒れたりしない。しっかりしなくちゃ。


 病室を出たら、ここは角部屋。一方通行。道なりによたよた歩く。ナースステーションを横目に、なんとなく誰にも気付かれないように歩いた。


 先に見えたのは灯、沢山の灯。渡り廊下から見える景色。廊下の真ん中、手すりに手を掛け、私は立ち止まる。


「大きい病院…。」


 上を見上げる。20階はあるかな。大きな建物、立派な病院だった。


 私はぼーっと眺める。綺麗に並んだ灯。


 その灯、ひとつひとつに病や怪我があり、ひとりひとりに痛みと苦しみがある。私に傷があるとしたら、そんなもの、ほんのかすり傷程度でしかない。今見えるこの灯の痛みと苦しみに比べたら、私の傷なんて。


 そう思った瞬間、私の頬が一粒の涙を弾いた。一本の弦を、指で弾くように。

 

 私は泣いていた。


 ”私だってつらい“


 思い始めたら止まらない。体のどこかにある傷。こすれた摩擦で、熱くて痛い。血の代わりに涙が流れて。


 そういえば、サトシと別れたのはいつだっけ?解散ライヴをしたのはいつ?それから私、泣いてない。


 今だけは、私もつらいって思っちゃだめかな。私だって痛い、胸が痛い。私だって苦しい、涙が止まらない。


 今だけは…。


 心も身体もきりきりする。私は胸に手を当て、服をぎゅっと握った。ずるずる床に落ちる体。いくつもの涙がこぼれた。

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