第11話
昨日確かにあったドライヤーがない。この陽射しならタオルドライで何とかなる。私は服を着て、バッグを持つ。部屋も何事も振り返らずに玄関に向かった。ブーツを穿いて立ち上がる。ドアノブを見るまで考えていなかった。
「あ。鍵…。」
鍵がない。どうしよう。いつ帰ってくるんだろ、あの男。帰ってくるのを待つ選択肢は私にはなかった。感謝も謝罪も、何もかも。
「私、行くから…。」
小さな呟きだけをそこに置いて、私は勢い良くドアを開けた。
行こう。出よう。私には、行かなきゃいけない場所がある。急ごう。
マンションの敷地を出ると、目の前に昨日の公園。こんなに近くにあったんだ。さっきまであんなに急いでいたのに、急に体が重くなる。私はゆっくり公園に入った。
昨日と同じベンチに座る。座る私は、独り。
今サトシは何してるだろ。どこにいるだろ。もうサトシは、私のことを好きじゃない。私はどうだろ。忘れなきゃ。早く忘れなくちゃ。
そう思える訳がない。意識すればするほど浮かぶ、浮かぶ。
二人の部屋。
二人で買った服とブーツ。
二人で集めたCD。
二人で作った譜面。
二人で築いた歴史。
二人で紡いだ想い。
いやだ、いやだ。
私のことを好きじゃないサトシに会える?
世界一、かっこいいと思っていたギタリストに会える?
5年以上、
尊敬し、信じ、大好きだった人に、私は会えるの?
いやだ、いやだ。こんなのいやだ。
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