第82話 片山星弥は語る
コトンッとコップを置く音が鳴る。
片山は全員分のお冷を注ぎ終え、一度休憩室へ向かった。
店内に客は俺たちしかいないため、休憩時間を店長に申請しに行ったようだ。
それほど時間が空くこともなく戻ってきた片山は話を続ける。
「龍我陽介って、梓たちと同じ学校なのか?」
「ああ。そうだが……もしかして知り合い?」
「まあなぁ。オレ、龍我と同じ中学でなんなら龍我のグループにいたんだよ」
「そうだったのか」
これはまた意外な事実が発覚した。こんなところに龍我を知っている人物がいたなんて。
俺と同様に驚きの視線を送る神楽坂と暗根。
「…………あの、片山さん……でしたよね?」
「は、はひぃ!そ、そうですが何でしょうか!?」
暗根に質問された片山はへっぴり腰で応える。ほんとどれだけ怖い思いしたんだあのとき。
胡乱げな眼差しを向け、暗根は言った。
「もしかして、あなたは龍我のご友人だったりしましたか?」
「いや、それはないっすよ。というかむしろ敵対しちゃったんすよ、オレ」
「敵対?」
俺は気になったワードをオウム返しした。
「オレのダチが龍我のせいでひどい目に遭ってな」
「それって誰かを騙すとかそういった類のものですか?」
今度は神楽坂が食い気味に訊いてきた。おそらく体育祭での龍我の振る舞いのことを気にしているのだろう。
「騙す……それもまあ一部だな」
「一部……」
「ま。何があったかはこれ以上詮索はしないでくれると助かる……」
片山らしくない目の色だった。誰も踏み入っていない洞窟みたいな暗さだった。
「ちなみに私は独自に調べ上げたので何があったかはおそらく見当がついています。ですが、片山さんが蒸し返して欲しくなさそうなので、梓様にも小夜様にも言わない方が良さそうですね」
暗根が優し気な声音で言った。
「あんた人の心持ってたんすね」
「すみません、片山さん。聞き逃したのでもう一度言ってくださりますか?今、縛り千切る準備をいたしますので」
「ひっ!?じょ、冗談だから!ユ、ユルシテ……暗根様!」
「様を付けるな。抉りますよ」
「ま、まあ一旦そのワイヤーしまえって。片山は暗い雰囲気を和まそうとしただけだから」
「さっすが梓!わかってるね~」
「はあ……もういいです。話を続けましょう」
ため息を吐いた暗根は持参したハチミツをゴクゴクと飲み始めた。あぁストレス溜まったんだな。
「龍我について調べれば調べるほど悪い話ばかりを聞くのですが、龍我自身が罰せられた話は一件たりとも浮かんでこないのです」
「どういうこと、暗根?」
神楽坂は訝し気に問いかける。
「あいつは証拠を残さずに悪事を働くのが得意なんだよ」
片山がそう割り込んできた。
「龍我は悪さはするが、オレと違って抜群に頭がいい。テストの成績なんてどんなガリ勉よりも良かったし、機転も利く。頭の回転が速いってやつだ」
「厄介な奴ですね」
「証拠、証言はあらゆる手立てを駆使して跡形もなく潰していく。まあやっぱ龍我の親の力もあるだろうが、どのみちあいつは見切り発車で悪さはしねえよ」
「私も情報収集するのにこれほど手こずったのは初めてでした。余程厳重に証拠を消していたことが窺えます」
前から思ってたけど、暗根って何者だと改めて思った俺。
「ちなみに龍我がやってた悪事ってどんなもんなんだ?ポイ捨てとか?」
「梓くん、可愛い発想してますね。ほんと真面目なんですね」
いや、ボケたつもりだったんだが。
どうやら俺はボケるセンスが皆無なようだ。まあ神楽坂に可愛いって言われるのも悪い気はしない……でもカッコいいの方がいいか。可愛いはやっぱ微妙だな。
人知れずくだらないことに頭を悩ませている間に話は進んでいった。
「梓様がバカ真面目なのはクソほどどうでも良いのですが、対する龍我の悪事はもっと大胆です。例えば――」
暗根はパラパラとメモ帳を開いて読み上げた。
「約50人の不良相手に無傷でけんかに勝った……とか」
「つっよ。龍我つよ!」
なんだよそれ。絶対ノンフィクションじゃねえだろ。
「あ、それと補足だがその50人ってのはほとんど年上で、しかも高校生が多かったみたいだぞ」
片山の説明を聞いて俺はさらに震える。
こっわ。俺そんな奴の隣を全力疾走してたのかよ。
俺の怯えもつゆ知らず、片山からも龍我のヤバイエピソードを語る。
「時効だから俺からも一つ。龍我は歯向かってきた相手をスタンガンでギリギリまでいたぶるのが癖だった」
「シンプルにサイコじゃねえか」
「あの……普通に怖くなってきたんですけど」
俺と神楽坂はブルっと身震いする。
「まあいずれにせよ龍我陽介は危険、触らぬ神に祟りなしということです」
暗根はそう言って、持っていたメモ帳をパタンと閉じた。
「梓!オレからも忠告だ。龍我にはできるだけ関わるな。面倒事が降ってくるだけだからな」
「こんな物騒な話を聞いて関わりたいとは思わねえよ」
俺は食い気味に返答した。
向こうから関わってこなければいいなという心配をグッと飲み込んで。
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