第81話 暗根彩海は心配する
閑散とした牛丼屋の店内。ピーク時を過ぎたとはいえ入客が少ないなと俺は思う。
店長も最近頭を悩ませているようだ。
「あの、すみません。ご飯のおかわりをいただけますか?」
「はいよー神楽坂ちゃん!」
バイト先の同僚である片山が大盛のどんぶりを俺たちが座るテーブルに持ってきた。
「小夜様。もう4杯目じゃ?やけ食いですか?」
「だって!体育祭での皆さんの振る舞いが許せませんもの!梓くんもそう思いますよね?」
「お、おう……」
神楽坂は俺に同意を求めた。ものすごい勢いで白飯が減っていく様に気圧され、わずかに頷くことしかできなかった。
俺はたまごとお新香をトッピングした牛丼にありつく。
今日は客として牛丼屋に来ていた。
体育祭の反省会と評して、俺と神楽坂と暗根の3人でランチということだ。ランチと言えば何かオシャレっぽいけど、牛丼屋なんだよなあという独り言は胸中にしまっておく。
俺の家で反省会を開催しなかった理由は神楽坂が牛丼屋を希望したからだ。
多分、定食のご飯がおかわり自由なことに食いついたのだろう。ほんと食べるの好きだな。
あと暗根は牛丼屋というワードを聞いてついてきたらしい。お前は牛丼好きすぎかよ。
「でも助かりましたね。あのとき真昼さんが助け舟を出さなかったら面倒なことになってましたよ」
暗根が無気力な声音で言った。
「確かにそうですね。もしあれがなければ梓くんたちはもっとひどく侮蔑されていたかもしれませんもの」
「間違いないだろうな。俺自身、どうしたらいいかわからなかったし」
「江地君たちのことも庇いたかったんですけどね。もはや私の教え子ですし」
「江地たちが早く走れるようになったのも暗根のおかげだしな。それで十分だよ」
「だからこそ不服でした。あの子たちの努力は偽りではなかったのに……。ズルをしたなどとほざきちらすあの低能ども」
「ちょ、暗根。気持ちは嬉しいけど今は落ち着け。ダークすぎるオーラに片山がビクビクしてるから」
遠目からでもコップを持つ片山の手が震えているのがわかる。初対面時のトラウマを思い出したらしい。
てか俺もコワイ。
暗根を宥める俺に向けて、神楽坂が続けた。
「梓くんは意外と落ち着いていますね」
「え?」
「一番腹を立てていてもおかしくないはずですのに……」
「あーいや。俺、人に怒るの苦手でさ。あんまやり返そうとは思わないんだよ」
「そうなんですか?」
「まあなー。やり返すなんて相手と同じ土俵に立つみたいだし、そんなことに時間潰すくらいなら、自分のやりたいことを先にやっときたいなーみたいな?」
言い終わると、俺はお冷に手を伸ばし、グイッと呷る。
「梓様は優しいですね」
「そんな納得してなさそうな顔で言われてもな。正直に甘いって言ってもいいぞ」
「わかるんですか?」
「自覚はある。少なくとも受動的な態度じゃ現状を打破できないことくらいはな」
「で、でも梓くんのそういうところもす――好ましく思っていますよ?」
神楽坂『好き』って言いかけたろ可愛すぎかチクショー。
コホンと咳払いをする俺。
「もちろん、俺も誰かを攻撃しようって意気込むわけじゃない。根っこの部分は今後もブレさせやしないさ」
「それでこそ梓くんです」
神楽坂がテーブルの死角でそっと俺の手を握ってきた。外でそういう不意打ちやめてって。びっくりするから!
そんなテーブルの下でのやりとりを察したのか、暗根は眠たそうに会話を連ねる。
「……ま。私は小夜様に危害が加わらなければ文句はありませんので」
「そう言ってもらえると助かる」
ここで一度話題は中断し、再び食事に意識が向く。
俺がどんぶりを1杯食べ終わった頃、神楽坂はおかわりのご飯が5杯目に突入していた。
「それで……」
そう暗根が切り出した。
「もうすぐ文化祭が待ち受けていますけど、梓様はまた何か企んでいますよね?」
「企むって言うほど具体的なアイデアがあるわけではないが。このランク主義に一言物申したい」
「というと?」
「文化祭でも何か爪痕を残したいんだ」
「本音を言わせていただくと、私は反対です。体育祭では何とか難を逃れましたが、次は小夜様にも被害が及ぶかもしれません。そのリスクをみすみす逃したくはないです」
「暗根……」
一切の曇りがない主張だった。何より神楽坂を想う気持ちの強さがひしひしと伝わってきた。
リスクがあるという点においても正論で、決してないがしろにしていい意見ではない。
それでも俺はこの意志だけは譲りたくないと思った。なぜなら――
「私は賛成です」
「神楽坂?」
俺が訳を言い出す前に、神楽坂が考えを述べた。
「ここで逃げたら一生後悔を引きずるのだと思います。やらないことを選択して得た幸せは本物の幸せには遠く及びません。梓くんは……それに、私も
「小夜様……」
「だから……見守ってくれませんか?」
素直に驚いた。
神楽坂が言ったことは俺の考えと一致していた。
同じように思ってくれていたことを知って、どうしようもないほど嬉しくなってしまった。
「はあ……」
「暗根……ダメですか?」
「……ダメじゃないです。胸焼けするほど羨ましい関係ですね、あなたたちは」
「胸焼けって……」
「テーブルの下で手を繋ぎながらそんなこと言われる私の身にもなってください」
「うひゃらっ!?」
どこから出したかわからないような声で驚く神楽坂。てかやっぱり手繋いでるのバレてたわ、恥ずかしすぎる。
神楽坂が離してくれなかったんだからねっという情けない言い訳を脳内で独り言ちる。
加えて、俺はさっき口外しなかった企みの一部を頭の中で反芻する。
――――キャンプファイヤーでフォークダンスに誘う。
俺たちの学校のジンクスだ。
フィクションの話みたいだが、こうすることで恋が成就するらしい。
別にジンクスに頼らなくても神楽坂はわかってくれると思う。
それでもやろうとするのは俺たちにとって乗り越えるべき壁ゆえだ。ランクやカーストなんて関係ないと断言するための。
見せつけるのだ。
だからそれまでに俺はランク主義の奴らを気にせずに神楽坂と踊れるよう頑張らなければならない。
険しい道のりなのは承知の上だ。
神楽坂や暗根、江地たちみたいな俺の周りの人が体育祭のときみたく理不尽に傷つかないように。
いざというときは俺が悪意に対する盾になれ。
そう固く決心した。
「梓くん?どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。暗根、賛成してくれてありがとな」
「お礼は上手くいってからで構いません。それよりも――」
気だるげなトーンで俺の感謝を受け付けてから、暗根はカバンをガサゴソと漁って、1枚の顔写真を取り出した。
「こいつは……」
「体育祭の件で梓様も小夜様もご存じかと思いますが――」
声音に少し怒りを滲ませながら暗根は間を置いて、続ける。
「梓様たちの障害になるだろう危険人物、龍我陽介について色々と調べて参りました」
「え!?」
暗根の言葉に驚嘆の声を上げたのは俺でも神楽坂でもなかった。
俺たちが座っているテーブルのお冷を入れ替えようと、こちらに歩いてきた片山だった。
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