第56話 神楽坂小夜は写真が欲しい
「んーマステ足りなくなっちゃったー。誰かほかのクラスから借りてきてくれない―?」
「でしたら私が借りに行きましょうか?」
「あ、ありがとー神楽坂さん。じゃあお願いね」
文化祭5日前、1年2組の教室での神楽坂と女子生徒のやり取りだ。マステとはマスキングテープの略であり、俺が以前インドの挨拶と間違えてしまったことはまた別の話である。
神楽坂が教室を後にしたその直後、廊下の方から無限の明るさを放つ女子の声が耳を
「朝香は追い込むより追い込まれる方が笑顔になれるんでしょー!!!」
「ちょ!真昼!そんなこと大声で叫ばないでくださいまし!」
「ろ、廊下は走らないでください!」
ふと俺は廊下の方に視線を向けると、満面の笑みで友達の性癖?を垂れ流しながら爆走する吉宮とそれを必死の形相で追いかける火暮。そして彼女らを走りながら注意する風紀担当の水瀬先輩……ってあんたも廊下走っちゃってるじゃないか。
ミイラ取りがミイラになるってこのことだな。
ほんと元気なことだなとやや冷めた態度で傍観していると、横から風見が声を掛けてきた。
「真昼ってずっと笑ってるよなー」
「なんだ、風見も吉宮を知ってるのか?」
「知ってるもなにも真昼のことを知らない奴の方が少ないんじゃないか?」
「そんなに有名なのか……」
「まあな。真昼って何かを手伝うのが好きらしくてさ。この前もバスケ部の助っ人として試合に出たらいきなり大活躍だったらしいし。かくいう俺もこの前ボランティアの駅前清掃でばったり出くわしてな。この真昼呼びもそんとき本人にそう呼べって強制されて……」
「あーなるほど」
実行委員会議のときのことを思い返し、俺は深く相槌を打った。
「てか風見が駅前清掃って。わかった、アニメの影響だな?」
「やだな~俺だって慈善活動くらいするよ~」
「嘘つけ!」
俺は自分に課せられている、文化祭費用の二重チェックを片手間で済ませながら風見にツッコんだ。
「ただ」
風見が胡乱げに呟いた。
「あれだけ屈託なく笑える人間もいるんだな」
その言葉はそのままの意味で捉えていいのか、それとも吉宮に対する疑念が含まれているのか、俺には真意はわからなかった。
「まっ。今の俺らは社畜のように頼まれた仕事を有無を言わずにこなすだけだな」
「そりゃそうだ」
人のことより自分たちのことが大事だと気持ちを切り替えた直後、先ほどの俺たちの話題の渦中だった女の子が明朗に登場してきた。
「1年2組のみんな~!ほらぁ~~~!!」
「「「ほらぁ~~~!!!」」」
「え、何この一体感?宗教属性強くない?」
「おい、梓も言えって。幸福が逃げていくぞ」
「やっぱ宗教だった」
どうやら同じクラスの奴らも吉宮のことは知っているらしく、彼女が教室に入ってきた瞬間色々と話しかけられていた。
「真昼ちゃん来たんだ~」
「真昼ちゃんこの前はありがと~」
そういった歓迎に吉宮は一つ一つ応えていた。
よくやるよなと他人事のように眺めていたのだが、うっかり彼女に俺の存在を感知されてしまった。
「あーー!!伊月だー!おーーい!!」
ダダダッと床を踏み鳴らして、勢いよくこちらへ近づいてきた。
「なんだ梓、真昼と知り合いだったのか?」
「いや、まあ文化祭実行委員で一緒に活動してるからな。そんなに話したことないけど……」
あまりの快活ぶりに呆気にとられた俺は指で頬をポリポリと掻く。
「えっと……吉宮は……」
「真昼よっ!」
「あー。真昼はここに何しに来たんだ?」
「んー?ただ様子を見に来ただけだよ!どこの教室も笑顔で溢れてて楽しそうだもの!」
「お、おう……そうか……」
「あ!いいこと思いついたわ!!伊月も潮も記念に写真を撮りましょう!ね?いいでしょう?」
「え!?いきなりだな……別にいいけど」
俺は真昼には聞こえないように風見に耳打ちする。
(なあ、この子大丈夫なのか、俺たちみたいな陰キャとつるんでるとこ見られても。変な噂とか流れて困るのはこの子の方だろうに)
(それが吉宮真昼の凄い所なんだよ。真昼はみんなから最強のド天然だと思われてるから、何をやっても『また変なことしてるね』くらいにしか認識されないんだよ。あとは彼女に恩義を感じてる人も多いから悪く言うと罰が当たるみたいな空気になってるのも関係あるな)
罰が当たるって、宗教っぽいていう俺の感想もわりかし間違ってはなかったみたいだ。
真昼の凄さを改めてかみしめていると、彼女は風見の『ド天然』という言葉だけが聞こえたのか、首を傾げた。
「私はマグロじゃないんだし天然も養殖もないわ!」
「な?」
「相当な天然じゃねえか、この子……」
もはや一周回って感心し始めた俺。
そんな俺の様子もつゆ知らず、真昼は俺と風見に容赦なくくっついてきて、パシャパシャと写真を撮り始めた。
ひとしきり撮り終わってから真昼は何やらスマホで操作をした後、風見にLINEでその写真を送っていた。俺は風見のスマホを覗き込む。
「あー加工アプリか」
「ねー可愛いでしょ?」
「だな。可愛い可愛い」
風見って女の子に平気で可愛いって言える奴だったか?軽く戦慄してるんだけど。
これも真昼マジックというやつなのか。(適当)
スマホの画面に映った、犬っぽくなった俺の顔を見ながらそう思案する。
「じゃあそろそろ3組に戻らないといけないから帰るね!またねー!」
激しく手を振りながら颯爽と踵を返していく真昼の背中に視線を向けながら、風見が言った。
「真昼って男女関係なくああだからさ。女子に嫌われないのも男っ気が全くないかららしいぜ」
「いきなりくっつかれる男の身にもなってほしいよな。それで真昼のことを好きになっちゃったらその男が可哀そうだよな」
俺はああいう元気すぎる子は落ち着かないから苦手意識あるけど……。
「ほんとにそうだな……」
置くように風見が言葉を紡いだ。
「さっきは楽しそうでしたねー梓君?」
「ん?その声は?」
俺が後ろを振り返るとそこには怒髪天を衝くという言葉がまさしくお似合いな状態の神楽坂がいた。
「え?どうしたんだ神楽坂。なんか機嫌悪くないか?」
「別に!悪く!ありませんが!」
キッとした目つきでズイズイと無遠慮に接近してくる神楽坂。
顔近いな……。
「それよりも!さっき!吉宮さんと!あんなにくっついて!やらしい!」
「やらしくはねえだろ。普通に写真撮ってきただけだって、真昼は」
「真昼!?」
今度はしなびたホウレンソウみたいに弱弱しい雰囲気を醸し出し、声音も徐々に小さくなっていた。
風見は俺と神楽坂を交互に見やってきょとんとしている。こいつらなんか接点あったっけ?と言いたげだな。
なぜかはわからんが、神楽坂は風見を誤魔化す余裕がないほど動揺しているらしい。
弱り切った神楽坂はいそいそと自分のスマホを取り出した。
「私も写真撮りたいです……」
「ん。俺はいいぞ」
「え?いいんですか?」
「拒む理由なんてないだろ」
「どう撮るんだ?」と訊きながら俺は神楽坂の隣に移動する。
「俺はどうしたらいいー?」
「風見君は入らないでください!」
「「なんで!?」」
俺と風見の声がハモッた。
神楽坂はもじもじしていた。
「上手くは言えないんですけど……なんか嫌です」
「グハッ!」
「あ、そのごめんなさい!風見君を傷つけるつもりはなくて……そのほんとにどう形容していいかわからなくて」
「うん……いいよ、気にしなくて……。好きなだけツーショット写真を堪能してくだされ……」
風見は悲しみのあまりかすれた声を出した。
でもそうか。これは神楽坂とツーショット写真になるのか。
そう考えると少し緊張する。
「じゃあ、これ、お願いします」
神楽坂はスマホを俺に手渡してきた。俺がシャッターきれってことか。
まいったな。俺、自撮りとかしたことないからよくわからんぞ。とりあえず見よう見真似でやってみるか。
片手でスマホを持って腕を伸ばす。思ったよりフレーム内に収めるのが難しく、必然的に俺と神楽坂はもっと近づく必要があった。
「神楽坂、もうちょっと近づけるか?」
「…………」
「神楽坂?」
「……やっぱりダメー!なんかもう、心臓がドキドキしてしんどいんですけど!?」
「お、おい神楽坂また体調崩したのか?だから無理するなってあれほど――」
「確かにちょっといつもと違う苦しさで若干怖いです。大人しくあとで少し休憩を取ることにします」
「おう、そうしとけ。まだ気温が暑いから水分補給も怠るなよ」
「お気遣いありがとうございます」
「あのー
「「え?」」
今度は俺と神楽坂の声がハモッた。
しまった、つい神楽坂の容態に夢中になって風見の存在を失念していた。
これはもう誤魔化せないな。風見にはあとで軽く事情を説明しておこう。
神楽坂は今更になって冷静さを取り戻したのか、風見の前で普通に俺と接していたことに気づき、慌てていた。
そんな中、風見は気にすることなく提案をしてきた。
「写真欲しいんだったら俺が撮ってあげようか?」
「あ、お願いします!」
彼女は即答した。
切り替えはやっ!
そうして、俺と神楽坂はクラスメートとして健全な程度の距離を保ったツーショット写真を獲得した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます