第35話 梓伊月は覚悟する

 俺は花火大会がある場所とは逆方向にひたすら走っていた。


 何事かとこちらを一瞥する者、俺に気づかずおしゃべりに興じる者。非日常の空気感をまとっているみんなを横目に流し、俺はひたすら走っていた。


 駅から神楽坂の家まではそれほど遠くなかったためだ。暗根から送られてきた位置情報を頼りに、俺は足を懸命に動かす。


 あらかた何があったのかは聞いた。神楽坂の家の事情とか俺には口出しする権利はないだろうけど。


 でも、俺のせいで神楽坂を泣かせてしまった。いや、泣かせてしまったなんて言っていいのはもっと深い関係の奴だけだ。


 だから、ここは泣くことになったとでも言っておこうか。


 とにかく、俺は落とし前というか、責任を取らなければいけない。居心地がいいからと中途半端な距離感で彼女と接し続けたから、傷ついた。


 それに傍にいられなかった。一緒にいたいとか思ってるくせに、大事な時に守ってやれない自分の身勝手さを嫌悪する。


 覚悟しろ。


 過去から逃げるのは今日でおしまいだ。


 そう意気込んでいると、俺は神楽坂の家の前まで来ていた。


 くっそでけえ。


 まず、校門より大きい門が待ち構えていて、敷地内にまだ入っていないのに荘厳な雰囲気を感じられる。


 俺が着いてからそれほど時間を要さないうちに、黒服スーツ姿の、おそらく使用人の内の一人が歩いてきた。


「梓様ですね。ご案内いたします」


「はあ。どうも……」


 その使用人はクルリと体の向きを変え、俺を先導するように進んでいった。俺も彼に続く。


 長い道のり?庭?を通り抜けて、ようやく玄関の扉までたどり着くと、その使用人は


「少しお持ちいただいてもよろしいですか?」


 と、訊いてきたので、


「わかりました」


 と、答えた。


 その使用人は急いだ様子で、黒塗りの車付近で固まって何かを話し込んでいる別の使用人たちの会話に混ざった。


 断片的に聞こえてきた言葉を頼りに、俺はある仮説を立て、暗根にメッセージを送った。


『山西公園で待っててくれ。必ず迎えに行く。と神楽坂に伝えてくれるか?』


 山西公園とは花火大会のある場所とは逆方向にある小さな公園のことだ。


 すると、すぐに既読がついて、


『なぜ?』


 とだけ返事が返ってきた。


 周りの使用人にバレるわけにもいかず、長いこと説明している暇がない。だから、やや強引に押し通すことにした。


『信じてくれ。神楽坂のためなんだ!』


 また、すぐに既読がついて、


『了解です』


 という文字が送られてきて、俺はひとまず安堵する。


 さっきの使用人が戻ってくる前に、俺はとある人物に一本電話を入れてから、神楽坂の家に初めて足を踏み入れた。

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