第21話 触ってみる?
今日の凛の遅い夕食はお弁当だった。
紗綾たちが食事を終えて凛を待っている間、デパ地下で買っておいてくれた物だ。
「遅くなっちゃうから、私お風呂に入っちゃうね?」
「わかりました。どうぞ入ってきてください」
タクシーで送ってもらったのもあり、バイトの日にしては若干早い時間の帰宅ができている。
とはいえ四〇分ちょっとくらいの差なので、大幅に余裕があるという程でもない。
紗綾もそれがわかっているから、凛がお弁当を食べているうちにお風呂を済ませてしまうことにしたのだろう。
凛はお弁当を食べながら、さっきまでの紗綾を思い出していた。
今日の紗綾はいつもと違って、お化粧がしっかりされていた。
そもそも学校であのお化粧では、少々強過ぎるというのもある。
どう考えても学校の制服に合っていない。
だがレストランでの紗綾は違った。
もともと顔立ち、身体の線など大人びている。
ちょっとした仕草などに女性らしさを感じさせ、それに加えてのこと。
少しいつもと違う紗綾に、いつにも増してドキドキする場面があったのは間違いなかった。
お弁当を食べ終わり、凛は翌日の準備を始めた。
そしてふと目に入る、小悪魔でエッチなお姉さん。
紗綾に見つかってしまったちょっぴりエッチな本。
少しだけ凛は思案し、そのままにすることにした。
見つかる前であれば目に入らない場所だとか考えるが、もうすでに見られている。
紗綾に見られたので捨てたというのも嫌だし、目の入らない場所へ移動させたときはもっと恥ずかしいかもしれない。
紗綾は捨てたのかと考えたのにあとで出てきたら、やっぱりこういうのが好きで捨てられないと思われるかもしれない。
結局なんでもないように、このまま置いておくのが凛は一番いいような気がした。
「凛、お、お風呂出たから、入ってきて……いいよ」
紗綾はさっき着ていた服を胸元のところで抱きしめ、遠慮がちに言ってきた。
その様子に凛は違和感を覚える。
目は伏し目がちで、なんとなく不自然に視線を合わせようとしない。
「どうしたんですか?」
「えっと……き、着替え持っていくの……忘れちゃったの」
確かに言われてみれば、妙に素肌が見えているように凛は感じる。
腰の辺りにタオルが見え、バスタオルを巻いて出てきたことがそれでわかった。
「こんな恥ずかしい格好でごめんね。お風呂行ってきて?
私、そっちのお部屋に行きたいから……」
凛はさっきまで学校の準備をしていたので、机がある寝室にいた。
洋服や荷物などはほぼすべて寝室にあるので、着替えを取るにしても寝室に入りたいということなのだろう。
「じゃ、じゃぁお風呂入ってきます!」
「う、うん……」
お風呂に入るが、凛はさっきの紗綾の姿が頭から離れない。
見ないように気をつけていても、どうしても気がついたときには視線がいってしまっていた。
チラッと見えた肩や背中。そこから先にあるお尻への丸みを帯びたライン。
ウェストの位置が高く、バスタオルの下からは長い脚。
モデルとは、みんなあのような体型なのだろうかと凛は思った。
お風呂を出て髪を乾かし、そのまま歯を磨いてリビングに戻ると紗綾はすでにベッドに入っているようだった。
凛はキッチンへ寄って、水を飲んでから寝室へと向かう。
リビングの照明を消すと、まだ目が慣れなくて見にくい。
記憶を頼りにベッド脇まで行くと、紗綾が手を引いてくれる。
凛がベッドに横になると、紗綾がすぐに身体を寄せてきた。
「凛?」
「はい?」
いつもより少し甘い声。
紗綾の腕が、レストランのときのように凛の首に回されている。
いつもなら紗綾のすべすべな肌の感触が凛に伝わるはずだがそれがなかったので、今日は長袖の物を着ているようだった。
季節は六月初旬で薄い毛布一枚。
タオルケットも用意できているが、今日は毛布で丁度いいくらいだ。
「もしかして、藍さんのファンになっちゃったりした?」
「ん~、多少他の芸能人の人よりかはあるかもしれないですね」
「ん~、やっぱり目移りしたの?」
少しずつ凛の目が慣れてきて、ちょっと不満そうな紗綾の顔が薄っすら見える。
「そんなことないですよ。珍しかっただけです」
「ホントにそれだけ? 藍さんのオッパイ見てたの、知ってるんだからっ」
「…………」
「藍さんだって、絶対気づいてたよ?」
「…………」
凛は特別胸が好きというわけではない。至って普通の一般的な男子だ。
ただ一般的な男子であるため見てしまったのだ。
「これからは意識的に気をつけます」
「うん……」
紗綾の顔が近づいて、レストランでされたようなキスをされる。
「んっ――――ぁ――」
「――――」
時折紗綾の吐息のような声が聞こえ、凛の気持ちを刺激してくる。
唇が離れると、紗綾は凛の首に唇を触れさせた。
それは今までにないことだった。
「お店に行ってね、藍さんと一緒に凛を驚かせちゃおうと思ってたの」
「っ……十分驚きましたよ?」
「違うの……凛がお仕事してるところ見たら、私のほうがヤラれちゃった……。
なんかお姫様みたいに接してくれて、キス……我慢できなくなっちゃったの」
「……俺のサービスは合格だったってことですか?」
「うん……ちゅーしたくなっちゃうくらいね」
紗綾と横になりながら見つめ合っていると、なにかを言い淀んでいるように口だけ動いていた。
いつもよりも情熱的に感じるキス。
そして首にされるキスと、凛の鼓動が速まる。
「……男の子って、そんなにオッパイ見ちゃうものなの?」
答えにくい質問だった。
ただ今日は見てしまったという結果がすでに出ていて、それを気づかれてしまっている。
凛は正直に話す他なかった。
「よくないことなので気をつけてはいるつもりなんですけど、気づいたら見てしまっていることがあったりして…………」
紗綾の腕が凛の腕から解かれ、襟元の辺りを握りしめて俯いた。
そんなところをまるでガードするかのような仕草に、凛は気づきもしないで胸元を見てしまっていたのかと思ったのだがそうではなかった。
視線だけを上にあげ、上目遣いで紗綾が凛を見つめる。
「お姉さんの……さ、触ってみる?」
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