第5話 お泊りにきちゃった

 仲里さんの前には、ピンクの大きなキャリーバッグがある。

 これからどこかに行くのか? と凛は思ったがこの時間というのも、また凛の家にわざわざ来るのもおかしかった。

 どうにも状況が視えてこない。なにより……。



「どうやって鍵開けたんですか?」


「こ~れっ」



 仲里さんが顔の前で、摘むように凛の鍵を揺らしていた。

 いつの間にか持っていっていたようだ。

 考えられるのは紅茶の用意をしていたときだろうか。

 だが普通こんなことする人はまずいないだろう。

 なのだが……仲里さんのキャラがそう思わせるのか、凛は怒るような気持ちが湧いてくることはなかった。

 この行動自体に驚いた気持ちはあったが。



「よいっしょ」



 玄関の鍵を閉め、仲里さんがキャリーバッグを持って部屋にあがる。



「そのキャリーバッグはなんですか?」


「ん? ほら、女の子はいろいろ必要な物が多いのよ?」


「どこかに行くんですか?」


「うん」


「この時間からですか。どこに行くんですか?」


「ここ」



 凛には仲里さんの言っていることがちょっとわからなかった。

 そんな表情を凛がしていたのか、仲里さんがもう一度説明した。



「素敵なお姉さんが、凛くんのお家にお泊りに来たよ?」



 人差し指で凛の胸をちょっとだけ突き、小悪魔的な笑顔を見せて凛の前を通り過ぎていく。

 リビングから隣にある部屋へと仲里さんは向かい、キャリーバッグから制服を取り出してハンガーにかけた。

 明日も凛たちには学校がある。そのための制服なのだろうが、本当に泊まるつもりで来たようだった。



「凛くん、お風呂入らせてもらうね。覗いちゃダメだよ?」



 キャリーバッグからいろいろと取り出し、ウィンクを凛に送ってバスルームへと消える。

 凛はこのとき、呆気に取られるというのはこういうことなのかと思った。


 ソファーに座ってTVを観るが、凛は仲里さんのことが気になってしかたがなかった。

 モデルが自分の家でシャワーを浴びているという事実に、凛は実感が湧いてこない。

 今、バスルームからはシャワーの音が少し聴こえてきている。

 間違いなく、仲里さんがいるということでもある。

 そして一時間ちょっとして、仲里さんがバスルームから出てきた。



「お風呂すごい気持ちよかった~。もしかしてこのマンション、けっこう高い?

 湯船もシェル型で大きかったし」


「このマンションは賃貸じゃなくって、分譲のマンションなんですよ。

 元々は母さんの再婚相手の義父さんの部屋で、俺が今借りてるんです」


「あ~、なんかキッチンとかの設備にしてもいいもんね。納得って感じ」



 仲里さんはバスタオルで髪を拭きながら、キッチンでお水を飲む。

 お風呂上がりの仲里さんは、頬や首元がほんのりと朱に染まっていた。

 サテン生地でできたピンクベージュのルームウェアは、仲里さんをラグジュアリーな雰囲気で包んでいる。

 フレアなシルエットの上着は、腰の部分がシュッとしているのにゆとりがあり、ふくよかな胸を強調していた。

 ホットパンツからは長い脚が綺麗に伸びていて、お尻がキュッとしている。

 さすがモデルということだろうか、と凛は思った。


 仲里さんはドライヤーで髪を乾かし終わったあと、荷物の整理をしているようだった。

 なにかご機嫌な様子。少し落ち着いたところで、凛は訊ねた。



「あの、本当に泊まるんですか?」


「ん? もしかして嫌?」



 仲里さんの眉尻が少し下がり、悲しそうな表情を見せる。

 凛は別に嫌とかではなかった。

 だが、知り合って間もないというのもあるし、なにより男女でそんなことをしてしまっていいのだろうかと思っていた。



「凛くん、お姉さんのこと襲っちゃったりするの?」


「そんなことしないですよ!」


「なら大丈夫でしょ?」



 凛はこの質問に、襲いますなんて冗談でも言えるよう性格ではなかった。

 その結果、確かに問題は解消することになってしまう。



「明日も学校あるから、そろそろ寝よ?」


「そうですね。じゃぁ俺はソファでいいんで、仲里さんはベッドを使ってください」


「なんで? せっかく一緒にいるんだから、一緒に寝よ? ね?」



 顔をコテンと倒して凛をベッドに誘う仲里さん。



「さすがにそれは止めたほうが……」


「さっき私のこと、襲ったりしないって言ってたでしょ?」


「それはそうですけど……」


「寝る時間遅くなっちゃうっ。早く来て」



 仲里さんが部屋の照明を消して、凛は手を引かれてベッドに引き込まれた。

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