7/26 「反重力力学少女と女装少年の詩-34」

 照明に照らされた通路をひた走る。

 ポチが足を噛んで倒し、マサルがスタンガンをかます。アカバネは飛び回って敵を攪乱し、桃太郞は敵へ致命傷とならないような、しかし時に銃を手首ごと跳ね飛ばすような迷いのない斬撃で敵を斬り伏せていく。僕もその中で、ゾウの〈妖精拳・金的八百万〉の力を借りながら桃太郞達の倒し残した敵兵へ金的を食らわせていった。

 そして通路の果てにあるリフトに辿り着く。

 僕達はそれに乗り込み、深部へと向かった。


『この反応……近いぞ少年!』

「近いって、もしかしてイロハか!」

『あぁ、パンツ回線が繋がった! この先にいるに違いない!』


 リフトの到着した場所は、野球場ほどもある岩に囲まれた広い空間だった。

 そしてその中央に、攫われた時と同じ服装の少女が背を向けて立っていた。その銀髪をして見間違うはずもない。


「イロハ!」


 リフトから飛び出すように僕は駆け出した。


「待つんだ、リオ!」


 背後で桃太郞が制止も聞かず、イロハに向かって一直線に走る。


「イロハ! 無事だったんだ!」


 あともう少しで彼女に触れようかというところで、彼女が振り返る。そしてその目線が僕を見据えた瞬間、僕の体は固まった。

 それは精神的な意味であり、物理的な意味だった。彼女の焦点のはっきりしない虚ろな目に異変を感じとり、それと同時に体が後ろへ引かれるような感覚に襲われた。


「イロ……ハ?」

「テキ――ハイジョ」


 イロハの体が発光する。ゆっくりとした動きで手を僕に向けて一振りすると、僕はそのまま後ろに向かって吹き飛ばされていた。


「っ!?」


 そのまま岩の壁に叩き付けられるかと思ったが、肩に逆方向への浮力がくっついてきた。


「大丈夫であるかお嬢さん!」


 アカバネが僕の肩を掴み、その速度を半減させていた。そして速度を落とした僕を、桃太郞が受け止める。


「まったく、だから突っ込むなと言ったじゃないか」


 半ば呆れたような顔をしながら、桃太郎は僕を地面に下ろす。


「けれど、どうして……」

「どうやら彼女は向こうの人間に洗脳されたみたいだ。こちらを敵と見なすように意識を書き換えられている」

「洗脳……なんてことを!」


 イロハはまだ離れたところから虚ろな目で見ている。その能力は発動させているようで、同じように近付いては今のを繰り返すだけになるだろう。


「どうすれば元に戻せるんだ!」

「残念だけど、ここでは洗脳を解くことはできない。だから無力化して、こちらの鬼ヶ島まで連れ戻す必要がある。ゾウ殿、協力してくれないか」

『確かにパンツ回線を経由して少年からイロハ君へ依り代を移せば、彼女の動きを封じることは可能かもしれない。ただしそれには時間が必要だ。一度引き継いだ経験があるからある程度短縮できるとはいえ、そこまで短い時間ではないよ』

「それは僕達で稼ぎます」

『……分かった』


「ほう? 誰が、貴様らの好きにさせると思うのかね?」

「「「!?」」」


 声は頭上からだった。反重力のホバーに乗った男が二名、上の穴から降りてくるところだった。一人はロバート・ポール。そしてもう一人は、二メートルを優に超える背丈の筋骨隆々な鬼だった。僕達は臨戦態勢をとる。


「ロバート!」

「もう一人は――貴様がこのアナザー鬼ヶ島のかしらか」

「左様。我こそ世界を治めるただ一人の皇帝、羅刹らせつ三世である」


 二人はイロハの脇に降り、こちらに不敵な笑みを浮かべる。


「お前等、イロハを解放しろ!」

「君は……あの時の少年か。女の格好とはまたけったいな趣味だ。それで、解放しろだって? せっかく手塩をかけて従順な道具にしたのに、私達から元に戻すとでも?」


 ロバートが懐から銃を取り出し、僕へと発砲した。それを予知していた桃太郞がひとっ跳びで僕の前に移動し、その銃弾を刀で弾いた。

 その動きに羅刹は眉を上げる。


「ほう? 貴様、桃太郞フラグメントか。ころころと変わる未来を盲信する前時代的な存在が生きていようとは」

「聞き捨てならない言葉だね。元はといえば、お前の先祖が盲信していたものだろう」

「確かに我が血族は貴様らを傀儡かいらいとして扱っていた時代もあった。だが貴様らの存在が大きくなるごとに、未来が不明瞭になったのもまた事実。我が血族による統制という確固とした未来に、そのような不確定要素はいらぬ」

「そうかい……なら、その不確定要素に今ここで倒されていただこう!」


 桃太郞が駆ける。反応したイロハが反重力を繰り出す。それに大して桃太郞も反重力エンジンを作動して対抗するが、その出力差は歴然だった。最初はいけるかと思った桃太郞の突撃も、イロハまであと数歩というところで前に進めなくなった。

 必死に進もうとする桃太郞に、羅刹がホバーから取り出した金棒で殴りつける。桃太郞はそれを鞘で受け止めるが、その勢いまでは殺せずに吹き飛ばされた。


「桃太郞!」


 吹き飛ばされた桃太郞は空中で体勢を立て直し、岩壁に足から着地を決める。どうにか無事らしい。

 すると突如として、地面が大きく揺れ動いた。ドーム状の空間に地響きの音がこだまする。

 ロバートは取り出した端末のホログラム画面を見て、感嘆という表情をする。


「ほう……陛下、想像以上の効果が観測されています」

「そうか! ならばロバート、後はお前に任せよう!」

「はっ、かしこまりました」


 そのままロバートはホバーに乗り込み、降りてきた頭上の穴へと飛んでいく。マサルもそれに対し小銃を発砲していたが、その銃弾すらイロハの反重力で軌道を逸らされてしまった。


「くそっ、こいつらあの子の反重力を利用する気だな!」


 マサルが渋柿をかじったような表情になる。


「利用って――いや」


 確か鬼ヶ島が、イロハの反重力器官には反重力エンジンと相互作用を起こすと言っていた。鬼ヶ島中央部と思われるこの場所にイロハがいるのは、もしかしてこのアナザー鬼ヶ島の出力増強に利用するためなのではないか。


「となるとつまり、ここでイロハと戦えば戦うほどアナザー鬼ヶ島の反重力エンジンが強力になるってわけか……!」

「ほう、中々物分かりの良い小僧だ。ここで足掻けば足掻くほど貴様らの負けが近付くぞ? それでもまだ戦うというのか?」


 愉快そうに金棒を振る羅刹。こちらが退かぬと分かっていての言葉なのが余計に苛立たしかった。しかし現状、僕達が不利な立場にあるのも明らかだった。



「……お前は、未来をどう思っている」



 そこで最初に言葉を返したのは、この空間に入って以降沈黙を貫いていたポチだった。


「……ん? どうした犬。その体毛で白旗作ろうとでも言うのか?」

「降伏の意思なんてものはそれこそ毛ほどもない。私はお前に、未来とは何かと聞いただけだ」

「そんなこと、我が栄光が続く定められた道に他なるない」

「本当にそうか?」

「何?」


 ポチの挑発的な言葉に、羅刹は目を細める。


「未来とは、自らの手で勝ち取るものだ。いや、勝ち取るとまで言わなくてもいい。自分がこうでありたい、あいつにはこうしてほしい……そんな個人の能動的な意思と努力によって方向付けられる、それこそが現在から続く未来だ。お前の描く未来は、惰性だ。現在が現在であり続けることへの慢心が生み出す幻想に他ならない」


 ポチはさらに一歩を踏み出す。僕達もまた、その後ろ姿を固唾を飲んで見守る。


「我が覇道が、惰性だと申すか」

「少なくとも、私達に比べればな。桃太郞に未来を教えられ、そして共に未来を変えようと努力をしなければ私もマサルもここにはいないだろう。よもや、こちらの世界の鬼ヶ島とやらについてもだ。未来は自分たちで変えるもの……だったら、ここでもそうするまでだ!」


 そう言って、ポチは駆け出した。軽やかなフットワークで回り込むように走り、そこから方向転換してイロハへと突撃する。だが、その未来は分かりきっている。すぐさまイロハが反重力の力をポチに向け、瞬く間に地面から浮かせる。

 しかし、ポチはそれに終わろうとしなかった。


「皆!」


 その声だけで、彼らはその意図を把握したようだった。

 いつの間にか駆け戻ってきた桃太郞が僕の胸ぐらを掴む。そして同時に、首から下げていた反重力エンジンのボールを僕の服に突っ込んだ。

 そのスイッチは、既に発動されていた。


「あとは頼んだ! リオ!」

「えええ!?」


 そのまま、僕は桃太郞に一回転勢いをつけてから投げ飛ばされた。イロハに向かってまっすぐに飛翔する僕。その背を誰かが掴む。


「助太刀いたす!」


 それはアカバネだった。彼は僕の背を掴み、そのスピードを加速させる。あと数メートルというところで反重力に耐えられなくなり、アカバネは僕を離す。反重力エンジンの力でまだ飛んでいる僕が、減速しつつイロハへと確実に近づいていく。


「させるとでも?」


 しかしそこに羅刹が立ち塞がった。羅刹は僕の背丈と変わらない金棒を振りかぶると、そのまま振り下ろそうとする。


「そりゃあ、こっちのセリフだ!」


 しかしそこで、閃光が瞬いた。それはマサルの投擲した閃光手榴弾だった。それは羅刹の視界を奪い一瞬の混乱を生むと共に、僕の視覚をも一緒に奪った。


『少年今だ! 腕を広げて、抱きしめろ!』


 白い視界もキーンと続く耳鳴りをも通り抜け、ゾウの声が頭の中に響く。僕はその声の通り手を動かす。

 そこには、確かに人の感触を感じた。女の子らしい、細く柔らかな体の感触が。それこそが鬼ヶ島を目指した理由そのものであり、結果として世界滅亡の危機に立ち向かうことになりながらもやっと辿り着いた、彼女の温もりだった。どうやら胴体に掴まっているらしいが、反重力の力に今にも吹き飛ばされそうだ。


『少年、あともう一押しだ! これでイロハ君の体の制御に干渉できるようになる! ――を!』


 徐々に視界が戻る。見上げると、イロハが虚ろな目で僕を見ていた。

 その口が声に出さず、「リオ」の二音の形に動くのを僕は見る。薄桃色の、綺麗で潤った唇だった。


 この格好女装の、こんな状況で、世界を守るために、ましてや同じ父を持つ腹違いの兄妹みたいな関係だった相手にするものが、僕の初めてになろうとは。

 掴む手を肩へ、そして顔へと動かしていく。


「考えるわけないだろ――こんな未来」


 そしてイロハの顔を引き寄せ、僕はその唇にキスをした。

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