7/9 「反重力力学少女と女装少年の詩-17」

 かくして始まったセッ……しないと出られない部屋での二日間だが、二日後には出られるし生命には関わらない(食事は気が付くとテーブルに置かれている)ので、恐らく耐え抜くことはきっとできるだろう。

 しかし、それと悶々としないかは別の話だ。

 僕は今萌木さんとセッ……しないと出られない部屋にいる。そのシチュエーションだけでも、僕を生殺しにするには十分すぎる火力だ。視界に萌木さんの姿が入るたび、を想像してしまい罪悪感で死にたくなる。その都度心の中で萌木さんが占める割合ばかりがどんどんと大きくなるので、また無意識に萌木さんを見てしまうという拷問じみたスパイラルだ。


『どうだ少年……そろそろ辛くなってきただろう』


 夕食を食べ終えお腹の落ち着いてきた頃、ゾウはさぞ愉快そうにのたまった。


「お前……事が終わったら覚えてろよ」

『ふふふ、シャワーの音聞いてるだけでこんなにしちゃってる人に言われても説得力がないなぁ』

「だ・れ・の・せ・い・だ!」


 食事を終え、萌木さんはシャワーを浴びていた。今ベッドの反対側でうずくまる僕が立ち上がりシャワールームに目を向ければ、裸の萌木さんを見ることができるのだろう。


『少年、入ってすぐの時に確認しただろう? あれはマジックミラーで、今中に入ってる萌木君からは外で何をしてもバレないんだよ。絨毯で足音もしないし、これ以上ないチャンスじゃないか』

「やめろやめろやめろ」


 たとえ鼓膜を潰そうが、ゾウの言葉から逃れることはできない。僕は今聴覚を持つ生物に生まれてきたことを後悔していた。


『ほら、たったの三ステップだ。立ち上がる、振り返る、近付く――それだけで少年が何度も何度も、時には今僕がいるところを扱いながら妄想してきたその実物が拝めるんだ』

「あーあーあー聞こえなーい聞きたくなーい」

『少年、目を背けるな。現実を見るんだ。ほら、立つ、歩く、扉を開ける、襲う。たったこれだけのステップで部屋から出られるんだよ?』

「ちゃっかり追加してんじゃねぇよ変態」

『褒めるなって』

「正気か?」

『はぁ、しょうがないな……でも、ここが君の限界だよ』


 ゾウの言う通り、そこまでが僕の抵抗できるところだった。徐に立ち上がった僕は欲望の眷属と化し、一歩一歩と彼女の元へと歩き出す。そして、躊躇もなくシャワールームに足を踏み入れた。驚きに身を固める、一糸纏わぬ華奢な少女。僕はその美しい裸体を無言のまま押し倒すと、そのままその秘部へ己が猛り立った熱き欲棒を「やめやめやめやめやめ!!!!!」


「なーに地の文捏造してんだ!? 僕はまだ立ち上がってすらいないだろうが!!」

『少年、いい加減気が付こう。誰も真っ当なギャグコメを求めてないことに。読者が求めるのは美少女文庫的展開だよ』

「その読者とやらの希望なんかよりまず依り代の希望に応えろこの根源悪……!」


 油断も隙もあったものではない。僕はいっそう地の文に対する守りを固めた。


『むっ、もう地の文に書き込めなくなっている。腕を上げたな少年』

「誰かさんのせいでな……」


 そうこうしていると、シャワールームの扉が開く音が聞こえてきた。


「杉山さん、あがりましたよー。もうこっち向いても大丈夫ですー」

『やれやれ、今回は少年の勝ちだ。明日のリベンジマッチに期待するよ』

「明日もこのくだりがあるのか……」


 すっかり憔悴しきって立ち上がった僕だが、その心は振り向いた瞬間に回復した。


「こういった召し物は初めてで……変に着てしまってませんでしょうか?」


 風呂上がりの萌木さんはバスローブに身を包んでいた。素肌を見せる面積こそ手足の先とデコルテより上だけだが、その汗の垂れる首元と濡れた長髪、そして赤く火照った顔が、あんまりにもあんまりだった。


「……大丈夫じゃないかな、うん」


 我慢しなかったらオーロラでも出てたんじゃないかという悶絶を必死に喉で止め僕は答える。それでも、表情の不審さは隠せなかっただろう。だめだよこんなの、一周回って目の毒だもの。致死量だもの。


「ジャ、ジャアボクモハイロウカナ?」


 声をうわずらせながら足早に、事前に用意していた着替えを持ってシャワールームに逃げ込む。エリクサーと毒薬をいっぺんに飲まされるとこんな感じなんだろうなぁという熱が体内を駆け巡っていた。


「はぁ……」


 ゆっくり湯船に浸かろう。うん、そうしよう。そうすれば落ち着くかもしれない。そそくさと体を洗い、僕は風呂に身を投じる。結果としてそれが萌木さんの入った残り湯であることに早々に気が付いてしまい、気が気でない入浴となったわけであるが。

 体はすっきりしたかもしれないが、心がどんどんと限界に近付いている。明日のリベンジマッチまで果たして生きていられるのか不安に感じながら、僕は萌木さんと同じくバスローブに身を包みシャワールームから出た。

 そういえばゾウのやつずっと黙ったままだったが、いったいどうしたのだろう……風呂ぐらいは休めという、FF4のル○ガンテ的な優しさなのだろうか……。


「萌木さん、もう大丈夫だよ」


 ドアを開けると、萌木さんはベッドに腰掛けて向こうを見ていた。ドライヤーを使ったのか髪は乾いていて、さらさらの髪を振りまいて「あっ、お疲れ様です」と笑顔で振り向いた。

 ――心なしか、風呂から上がりたてのさっきより顔が赤かった。


「……萌木さん?」

「いえ、私は見てないです」

「……萌木さん」

「見てません」


 強かな眼差しで萌木さんは強調する。

 そうか……萌木さんがそう言うならそうなんだろう。


「さぁ、鬼ヶ島に着いたら何があるか分かりません、寝て英気を養いましょう」

「――そうだね」


 萌木さんが掛け布団を捲り、ばしばしとベッドを叩く。萌木さんがそういうならそうなんだろう。

 僕は短髪をささっとドライヤーで乾かし、最初の提案通りどうしてか部屋にあったロングヘアのウィッグを被る。客観的に見れば、女の子二人が寝るのとなんら変わりはしない。

 ベッドに横たわる。萌木さんも隣に寝転んで、同じ掛け布団を被る。


「では、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


 電気が消える。

 暗い部屋で、換気の音と衣擦れの音だけが聞こえる。


『――僕は脈アリだと思うよ、少年』

(……何吹き込んだんだ、変態)

『それは、機密事項だ』


 結局力尽きて眠りに落ちるまで、僕は背後から流れてくる体温と息と寝返りに悶々とする時間を過ごした。

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