6/21 「北風と桶屋」

 シャッターばかりが降りるアーケード街に、一軒の桶屋がある。

 腰の曲がった店主がぼーっと店の前で座っていると、アーケードの門から吹き込むものがあった。


「よぉ親父、今日も相変わらずの客入りじゃねぇか」

「お前こそ、こんなところに吹くこともないだろう」


 店主のぼやきに、北風は「そりゃ違いねぇ」と笑った。


「しょうがねぇな、ちょっくら住宅街の方で吹いてきてやるよ」

「あぁ、毎度申し訳ないねぇ」

「なに、俺が好きでやってんだ」


 アーケードをそのままくぐり抜け、北風は再び空へと舞い上がっていく。

 その数時間後には、桶屋の前には押し寄せるたくさんのお客さんの姿があった。


 風が吹くと、桶屋が儲かる。


 それは北風がたっぷりと蓄えていた毒性物質が一部の人間に熱・吐き気・鼻水といった症状を引き起こさせたからだったのだが、北風も店主も、それに気付くことはなかった。



 別の日。

 腰の曲がった店主がぼーっと店の前で座っていると、アーケードの門から吹き込むものがあった。


「よぉ親父、今日も相変わらずの客入りじゃねぇか」

「お前こそ、こんなところに吹くこともないだろう」


 店主のぼやきに、北風は「そりゃ違いねぇ」と笑った。


「しょうがねぇな、ちょっくら住宅街の方で吹いてきてやるよ」

「あぁ、毎度申し訳ないねぇ」

「なに、俺が好きでやってんだ」


 アーケードをそのままくぐり抜け、北風は再び空へと舞い上がっていく。

 その数時間後には、桶屋の前には押し寄せるたくさんのお客さんの姿があった。


 風が吹くと、桶屋が儲かる。


 それは北風が環境対策がずさんな工業地帯より強酸性の雨を降らせる雲を連れて来て道行く人の皮膚を焼いたりトタンの屋根に穴を開けたからであったのだが、やはり北風も店主も、それに気付くことはなかった。



 また別の日。

 腰の曲がった店主がぼーっと店の前で座っていると、アーケードの門から吹き込むものがあった。


(中略)


 桶屋の前には押し寄せるたくさんのお客さんの姿があった。


 風が吹くと、桶屋が儲かる。


 なんかこう、バタフライ効果みたいなやつが原因だったのだけれど、やっぱり北風も店主もそれに気付くことはなかった。



 そして、また別の日。

 腰の曲がった店主がぼーっと店の前で座っていると、アーケードの門から吹き込むものがあった。


「よぉ親父、今日も相変わらずの客入りじゃねぇか」

「お前こそ、こんなところに吹くこともないだろう」


 店主のぼやきに、北風は「そりゃ違いねぇ」と笑った。


「しょうがねぇな、ちょっくら住宅街の方で吹いてきてやるよ」

「あぁ、毎度申し訳ないねぇ」

「なに、俺が好きでやってんだ」


 アーケードをそのままくぐり抜け、北風は再び空へと舞い上がっていく。


「おじさん!」


 店の奥から叫ぶような声を上げながら出てきたのは、学生服に身を包んだ一匹のカモだった。店主の親戚の子で、かれこれ十年くらい浪人学生をやっている身分だった。


「やったよ! ついに第一志望の大学に受かったんだ!」

「何だって! それはホントか!」


 二人は手を取り合い、寂れたアーケード街で気が済むまで何時間も踊った。



 風が吹くと、桶屋ガモ受かる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る