6/12 「桃太郎フラグメント-6」
翌朝、二人は桃太郎に今後の生活について相談をした。
そして予期された通り、桃太郎は二人が相談してくることを既に知っていた。
「そうですね。僕とお二人で暮らしていくためには、そうするのが一番いいでしょうから。でも……」
言葉を止めて俯いた桃太郎に、二人は嫌な気配を感じる。
彼は既に、ポチ達の未来に待つ出来事を知ってしまっている。マサルの考えた逃避行の作戦が、吉と出るか凶と出るかも。しかし、ならばこそ知らなければならない。「いや、言ってくれ」とポチは言葉の先を促す。それを受け、桃太郎は重くなった唇を開いた。
「僕達の脱走は、失敗します」
そんなまさか、と眉をつり上げたマサルに、桃太郎はその詳細を語った。
「マサルさんの考えた小型反重力エンジン? を載せた飛行
「銅線? アカバネのやつが偽もん掴ませたってワケか?」
アカバネはマサルの友人の雉である。今回反重力エンジンを製造するにあたり自分たちだけでは調達しきれない金属の類いを、アカバネに飛んで運んできてもらう算段をマサルはつけていた。
しかし桃太郎曰く、そのアカバネが二人の情報を朝廷に売って捕まえるように仕向けたというのである。結果として桃太郎は追っ手の船団に連れ去られ、ポチとマサルは処刑されてしまうというのだ。
「クソッあの鳥野郎め! 今度会ったら肉団子にしてやらぁ!」
「未来と同じ事言ってますね……」
「――つまり、アカバネのやつに頼らなければいいわけか?」
呟いたポチに、二人ははっとした表情になる。
「いやでもよ、雉野郎に頼らないでどうやって回線の素材集めるっていうんだよ?」
「それは、私にも分からんが……」
「それに、歴史遺伝子の修正力もありますし」
「れき――なんだって?」
「歴史遺伝子です。この世界の歴史が鋳型となる世界の運命から逸れたとき、それを修正する力が世界の外側に存在するんです。仮に僕達が別の手段をとったとしても、最終的な結果を大きく違ったものには出来ないでしょう……ましてや未来を知る僕が関わるのですから、そこにはたらく修正力は大きなものになるはずです」
「「……」」
正直、二人には桃太郎の話していることがよく理解できなかった。ただその言葉が意味するところの「未来を大きく変えることはできない」ということだけは、絶望として二人の心を突き刺した。
「じゃあ、どうするってんだよ……」
マサルが俯く。それにつられるように、二人もまた床に目を向ける。ポチとマサルには、悲劇的な未来を回避する手段が見つけられそうになかった。
しかし、桃太郎は違った。
「でも、一つだけ変えられる未来があります」
ポチとマサルは顔を上げる。
そこにあったのは、覚悟を決めた男の顔であった。
「収束すべき未来は、おそらく僕が朝廷に仕えることだけ。言い方が悪くなりますが、二人がどうなるかはそれより優先度が低いはずです。だからもし、僕がお二人のことを隠して自ら朝廷に身柄を差し出せば」
「しかしそれじゃ「僕は!!!!」
ポチの言葉は、今まで一度も聞いたことのない桃太郎の荒げた声に遮られる。
桃太郎の目からは、大粒の涙が溢れていた。
「僕はお二人に……ポチさんとマサルさんに、死んでほしくないんです。たとえ一緒に暮らせなくても、僕のために死ぬなんてこと言わないでください」
涙を流す桃太郎に反論できるだけの考えが、この時の二人にはなかった。
二日後――都より兵がくる前日の明け方。
小屋の戸の前に、上等な武士の装いに身を包んだ桃太郎が立っていた。腰には刀を差し、額には鉢巻を巻いている。
「では、ポチさん、マサルさん」
「あぁ……もう、悲しみの涙は十分流したもんな」
「そうだな……気を付けるんだぞ、桃太郎」
「はい」
最後にマサルとは抱き合い、ポチにはその毛の感触を一生分取り込むように抱きしめる。
「これを持ってけ。夕べ二人で作ったきび団子だ」
笹の葉に来るんだそれを持たせてやると、とうとう別れの時間だった。
「ありがとうございました。このご恩、一生忘れることはありません」
「私たちもだ。恩が返したいなら、元気に暮らしてくれるだけでいい」
「はい……!」
溢れてきそうな涙を堪え、桃太郎が踵を返す。そのまま人里に通ずる獣道を、名残惜しそうに一歩一歩と踏みしめて離れていく。
その背中に描かれた桃の絵が見えなくなってからもしばらく、二人は小屋の玄関口から動くことが出来なかった。
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